札幌市立山の手小学校3年生の時にジャンプを始め、札幌琴似中学校-北海高校を経て1982年雪印乳業に入社。
1988年のカルガリーオリンピック日本代表。
1990年3月現役引退し一時期社業に専念していたが1992年からコーチに復帰、1998年には同チーム監督に就任。
一方で全日本ジャンプチームのコーチも務め、2003年9月にはチーフコーチに就任。2004年-2005年はヘッドコーチを務める。
これに関連して2004年から雪印チーム監督を富井啓介に交代、自らはアドバイザーに就任。
2005年7月カリ・ユリアンティラの全日本ヘッドコーチ就任に伴いチーフコーチとなる。
2006年4月以降はコーチ業からも退いている。