1860年(万延元年2月)、安芸国豊田郡船木村(現在の広島県三原市)に生まれる[2]。大阪北区にあった太田北山の成章館に入り、儒学を研究し、塾頭となる[1][2]。1886年(明治19年)に東京法学校(現・法政大学)を卒業し、家業の酒造業に従事、のち、公証人となり公証業務に従事する。また、経世詩社を創立し、経営する[1]。
1890年(明治23年)、第1回衆議院議員総選挙に広島6区から出馬し、当選する[5]。
その後、第2回から第4回総選挙にも立候補したが、いずれも落選している[5][6]。
1940年(昭和15年)に開かれた帝国議会開設50年式典に第1回総選挙当選者の1人として出席している[7]。