登米神社
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位置
北緯38度38分57.5秒 東経141度16分45.1秒 / 北緯38.649306度 東経141.279194度座標: 北緯38度38分57.5秒 東経141度16分45.1秒 / 北緯38.649306度 東経141.279194度
主祭神
応神天皇
| 登米神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 宮城県登米市登米町寺池字道場山15 |
| 位置 | 北緯38度38分57.5秒 東経141度16分45.1秒 / 北緯38.649306度 東経141.279194度座標: 北緯38度38分57.5秒 東経141度16分45.1秒 / 北緯38.649306度 東経141.279194度 |
| 主祭神 | 応神天皇 |
| 社格等 | 旧県社 |
| 創建 | 康平5年(1064年) |
| 例祭 |
(春)4月20日 (秋)9月第3土日 |
| 地図 | |
登米神社(とよまじんじゃ)は、宮城県登米市(とめし)登米町寺池(とよままちてらいけ)にある神社である。北上川に近い、寺社が集中する高台の一角に鎮座している。旧社格は県社。
天喜年間に源頼義が賊徒征伐した折、鏃(ヤジリ)を神体として戦勝を祈願した地(八幡崎)に、後の康平5年(1064年)、頼義の嫡子・源義家が山城国の石清水八幡宮から勧請して創建したとされる[1]。
藤原泰衡没落後の文化5年(1189年)、葛西清重がこの地方を領有するにあたり、八幡宮を七郡の総鎮守、葛西家の守護神として尊崇した[1]。
天正18年(1590年)に葛西家が散亡した後、慶長6年(1604年)に仙台藩の白石宗直が領主として寺池城に移り、慶長11年(1609年)に八幡宮を八幡崎から寺池・道場山麓に遷座、享保7年(1722年)に6代伊達村永が社殿を現在の山上に移築した[1]。
明治6年(1873年)、当地に水沢県庁があった折、八幡宮と近隣に鎮座する稲荷神社を合祀して、県社・登米神社になった[1]。
