皆春院 From Wikipedia, the free encyclopedia 皆春院(かいしゅんいん、? - 天保14年5月10日(1843年6月7日))は、江戸時代後期の女性で11代将軍・徳川家斉の側室。俗名は八重。父は御三卿・清水徳川家の家臣・牧野多門忠克。養父は土屋弥三郎知光。 家斉との間に徳川斉明、盛姫(鍋島直正室)、池田斉衆、松平斉民、信之進、喜代姫(酒井忠学室)、松平斉良、蜂須賀斉裕の6男2女がいる。 文化5年(1808年)頃に家斉の側室となった。側室となった当初は美尾と称したが、後に八重に名を改める。天保12年(1841年)に家斉が死去、八重は落飾して皆春院と号した。この折に剃髪を願い出たが許可されず、摘髪に留まっている。 また、家斉没後に与えられた大奥での位は上臈御年寄上座であるが、あくまで形式上のものと思われる。後に二の丸に移り、天保14年(1843年)5月10日にそこで死去した。 脚注 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles