矢太楼
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第二次大戦後、軍需企業であった三菱重工業長崎造船所を見下ろす地域での建築物規制が無くなり、市会議員であった村木覚一が観光客用の宿泊所として旅館を建築したのが始まり。
ハタ(凧)上げの名所であった風頭山から長崎市が一望できることに村木覚一は着目し、昭和26年から風頭山八太郎岳を切り開き、昭和29年9月28日、木造三階建ての旅館を完成させた。
山の上から景色を見下ろす旅館は当時珍しく人気を呼んだという。
沿革
設備
- 展望所
- 宴会・会議場(111会場)
- 客室(193室)
- 大浴場・展望浴場・露天風呂
など
アクセス
- 長崎駅から車(タクシー)で15分
- 長崎駅から路線バスで20分
標高160mの高台にあり、階段が急であるため徒歩でのアクセスには不適。