寛永19年(1642年)、徳島藩家老稲田植次の子として生まれる。母は賀島政慶の娘。正保5年(1648年)、7歳で江戸に下向し幕府の証人を務めた。慶安5年(1652年)、父の死去により家督を相続し、洲本に帰る。
万治元年(1658年)、藩主蜂須賀忠英の娘・清(喜与)と結婚する。寛文6年(1666年)、洲本城代となる。寛文7年(1667年)、幕府の命により淡路の最高行政職である洲本仕置に任じられる。天和3年(1683年)、弟植幹を養子とする。
元禄13年(1700年)、隠居して植幹に家督を譲る。享保15年(1730年)1月2日死去、享年89。