第百五号哨戒艇
日本の鹵獲哨戒艇、元はアメリカあるいはフィリピンの巡視船
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概要
艇歴
第百五号哨戒艇長
前身について
第百五号哨戒艇は、日本海軍艦艇の中でも謎が多い艦艇の1隻である。そもそも日本の資料では、前身である「アラヤット」に関する情報が一定ではない。命名時には米軍の巡邏艇[3][16]としているが、それ以上は不明である。
中には「米西戦争中に自沈し、後に引き揚げられてアメリカ海軍で使用された、1888年(明治21年)建造[4]のスペインの砲艦」というものがある[17]。艦艇史研究家の田村俊夫によれば、このスペイン砲艦は排水量243トンで、1910年(明治43年)に除籍されて売却されている[18]。
また田村が引き続き調査したところ、『戦利船利用』では「アラヤット」は「フィリピンの巡邏船で排水量は1200トン」[18][19]、『佐世保鎮守府戦時日誌』機密第一〇一七〇五番電には「『アラヤット』号一〇〇〇頓」とあり[20][21]、『戦前船舶』第31号内の記載には、「アラヤット」は「所有者はフィリピン政府、建造年は1931年(昭和6年)、建造所はドイツのシーショウ社で建造番号1253、903グロストン」という記録が残っていたという[21]。
一方、海外のサイト『CombinedFleet.com』では、「アラヤット」は1931年に自由都市ダンツィヒのF・シーヒャウ有限会社 (F. Schichau GmbH) で建造。同年7月にアメリカ陸軍省島国事務局によってフィリピン諸島税関巡視船として購入され、フィリピン政府商船役員によって運用されていたとされる[1]。