第34装甲旅団 (ドイツ連邦陸軍)
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第14装甲旅団(1981年まで)
1956年に編成準備命令が出されホーエンフェルス演習場においてA5戦闘群が編成される。1957年にA5戦闘群はコブレンツに移駐する。1959年にA5戦闘群は第14装甲旅団に改編される。旅団改編時は以下のとおりであった。
- 旅団司令部中隊
- 第140装甲偵察中隊
- 第140装甲工兵中隊(1959年にコブレンツにて編成)
- 第140防空砲兵中隊
- 第142装甲擲弾兵大隊
- 第143戦車大隊
- 第144戦車大隊
- 第145装甲砲兵大隊
- 第146補給大隊
旅団は初め第5装甲師団の隷下におかれた。1962年に第140装甲偵察中隊が解散され旅団司令部中隊に取り込まれた。陸軍第2次編制にて第140防空砲兵中隊が除外され、代わりに第140駆逐戦車中隊が編成され防空機能を引き継ぐ。1972年に第146補給大隊が解散し第140整備中隊と第140補給中隊が新編される。1972年に装甲偵察隊が再び独立部隊となり第140装甲偵察隊が旅団隷下になる。1972年時点での旅団編成は以下のとおりであった。
- 旅団司令部中隊
- 第140装甲偵察隊
- 第140装甲猟兵中隊
- 第140装甲工兵中隊
- 第140整備中隊
- 第140補給中隊
- 第142装甲擲弾兵大隊
- 第143戦車大隊
- 第144戦車大隊
- 第145装甲砲兵大隊
1977年にヴュルツブルクの第12装甲師団に配転される。1977年から1978年にかけて陸軍第4次編制の試験のため第14装甲旅団は試験旅団の一つに選ばれた。陸軍第3次編制で1980年に第145装甲砲兵大隊が旅団から離脱し、これにより第16郷土防衛団隷下の第545野戦砲兵大隊となった。砲兵部隊を失った旅団は代替措置としてクーゼル駐屯の第145装甲砲兵教導大隊を隷下に入れる。
第34装甲旅団(1981年から)
1981年に第14装甲旅団は第34装甲旅団に改称する。これにより、第14装甲旅団の名称は旧第6装甲旅団に引き継がれた。当時の旅団編成は以下のとおりであった。
- 旅団司令部(装甲偵察隊を含む)
- 第340猟兵中隊 在コブレンツ、アウグスタ兵舎
- 第340工兵中隊
- 第340整備中隊
- 第340補給中隊
- 第341混成戦車大隊 在コブレンツ(1981年に編成)
- 第342装甲擲弾兵大隊 在コブレンツ、グナイゼナウ兵舎
- 第343装甲擲弾兵大隊 在コブレンツ、アウグスタ兵舎
- 第344戦車大隊 在コブレンツ
- 第345装甲砲兵教導大隊 在クーゼル
- 第123野戦予備大隊
1986年に装甲偵察隊はゾントラに移転する。1990年にエーレンブライトシュタイン要塞にて厳粛な儀式の下で愛称「コブレンツ」が与えられた。その後第4防衛管区司令部 / 第5連邦軍の隷下に入る。1992年に第340駆逐戦車中隊は解隊し第340装甲工兵中隊は第3工兵団の隷下となった。1992年から1993年にかけて第341戦車大隊、第344戦車大隊、整備中隊、補給中隊および野戦予備中隊が解隊する。1992年に第343戦車大隊は第343装甲擲弾兵大隊に改編される。第4防衛管区司令部 / 第5連邦軍の合併・改編に伴い、再び旅団は第5装甲旅団隷下となる。この改編の過程で第15装甲旅団から2個大隊と2個中隊を編入する。旅団はディーツに移転の後に改編され以下のような編成となった。
- 旅団司令部中隊 在ディーツ、オラニエンシュタイン城
- 第342装甲擲弾兵大隊 在コブレンツ、グナイゼナウ兵舎
- 第343装甲擲弾兵大隊 在コブレンツ、グナイゼナウ兵舎
- 第153戦車大隊 在ヴェスターブルク
- 第154戦車大隊 在ヴェスターブルク
- 第150駆逐戦車中隊(1992年から第340駆逐戦車中隊の伝統を引き継ぐ)
- 第150装甲工兵中隊 在ヴェスターブルク
- 第345装甲砲兵教導大隊 在クーゼル
- 第340野戦予備中隊 在ディーツ
- 第340装甲偵察中隊 在ヘッセン=リヒテナウ(平時は第5装甲偵察大隊の隷下にあるが、出動時には第34装甲旅団隷下に置かれた)
旅団は2002年に解隊される。