第39装甲旅団 (ドイツ連邦陸軍)
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1990年にドイツ民主共和国国家人民軍(東ドイツ軍)の解体・統合が始まり、1991年1月1日までに国家人民軍地上軍(陸軍)第4自動車化狙撃兵師団を母体に再編成が行われ、第39郷土防衛旅団が新編される。国家人民軍部隊を再編し次の部隊が新編される。
- 第391装甲擲弾兵大隊
- 第392装甲擲弾兵大隊
- 第393戦車大隊
- 第394戦車大隊
- 第390駆逐戦車中隊
これらの部隊はバート・ザルツンゲンのヴェラタール兵舎に配備された。他には第395装甲砲兵大隊と新編された第390装甲工兵中隊がエアフルトに移駐される。1991年に旅団の愛称として「テューリンゲン」が与えられた。また早くも1991年6月にレオパルト2戦車とM109 155mm自走榴弾砲が旅団隷下部隊に供給された。1995年に郷土防衛旅団から第39装甲旅団に改称され、第7防衛管区司令部 / 第13装甲擲弾兵師団の隷下に置かれた。1996年には第7防衛管区司令部 / 第13装甲擲弾兵師団の改編がなされ、第39装甲旅団は第4防衛管区司令部 / 第5装甲師団の隷下部隊として所属変更される。同じ1996年には第52装甲擲弾兵大隊(ローテンブルク・アン・デア・フルダ)と第2装甲砲兵大隊(ヘシッシュ=リヒテナウ)を旅団隷下に置く。第395装甲砲兵大隊は第2装甲擲弾兵大隊をもとに新編された。1996年に第392装甲擲弾兵大隊と第394戦車大隊は解隊する。1997年に整備部隊が第390野戦整備中隊として再編成される。2001年に第393戦車大隊と第390装甲工兵中隊が第37猟兵旅団に配転される。第52装甲擲弾兵大隊と第2装甲砲兵大隊は第14装甲旅団に配転された。これらの後2001年に旅団は解隊される。
旅団の一部部隊は1998年にボスニア・ヘルツェゴビナと1999年から2000年までコソボに派遣されていた。