第8装甲旅団 (ドイツ連邦陸軍)
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第1次から第2次編制
1956年、ハンブルクにてA3戦闘群として編成され、ブクステフーデの第3装甲師団隷下となる。1959年以降の陸軍第2次編制にて戦闘群司令部はリューネブルクへ移駐し、第8装甲旅団に改編・改称される。1959年の旅団隷下部隊は以下のとおり。
- 旅団司令部中隊
- 第82装甲擲弾兵大隊(1958年編成)
- 第83戦車大隊(1958年編成)
- 第84戦車大隊(1959年編成)
- 第85装甲砲兵大隊(1959年編成、第215砲兵大隊と第335砲兵大隊の一部による)
- 第85補給大隊(1959年編成)
- 第80装甲工兵中隊(1959年編成、第3工兵大隊の一部から)
- 第80装甲偵察中隊
- 第80防空中隊(第3防空大隊第3中隊を母体に編成、再編成は遅く1966年に実施し第3防空連隊へ)
第3次編制以降
1967年に駆逐戦車中隊が編成される。1972年に第86補給大隊は解隊され、第80整備中隊と第80補給中隊が編成される。1973年から1979年まで旅団は独立した第80装甲偵察小隊を指揮下に置いていた。1980年時点での旅団隷下部隊は以下のとおり。
- 旅団司令部中隊
- 第81戦車大隊(1980年に混成戦闘部隊大隊に改編)
- 第82装甲擲弾兵大隊
- 第83戦車大隊
- 第84戦車大隊
- 第85装甲砲兵大隊
- 第80整備中隊
- 第80補給中隊
- 第80駆逐戦車中隊
- 第80装甲工兵中隊
- 第34野戦予備大隊
1988年に旅団は愛称「リューネブルク」を与えられる。1992年、第81戦車大隊、第82装甲擲弾兵大隊および第83戦車大隊は運用停止され、同時に第83戦車大隊は非現役化大隊に再編成されて残余の大隊幹部は第84戦車大隊に統合される。1993年に第3装甲師団は運用を停止することが決定され、第8装甲旅団の一部は第7装甲擲弾兵旅団に配転されることになる。第80整備中隊と第80補給中隊は解隊前の1993年に第6整備大隊隷下となる。1993年8月、旅団の一部部隊は非現役化の前に第二次国際連合ソマリア活動(UNOSOM II)に関与する。
2003年に第8装甲旅団は「将来の陸軍」に基づき第1装甲師団の非現役部隊として傘下に組み込まれ、2008年12月31日、ミュンスターのシュルツ/ルッツ兵舎にて旅団は解隊される。