1904年(明治37年)、山口県都濃郡鹿野村(現在の周南市)に生まれる[2][3]。
出生名は竹田カツノであったが[4]、14歳の頃に大日本家庭音楽会の会長、坂本五郎に才能を認められ、彼の養女となったことで坂本姓となる。また、同時期に歌都子の芸名を付け、坂本歌都子として活動している。この芸名は自分の好きな「歌」と郷里の都濃郡の「都」を取って自分でつけたという[4]。坂本家の養女となる際に福岡市に移り住んでいる。
坂本家で琴の他、ヴァイオリン、大正琴、ピアノ等を学んだ後に18歳で琴の作曲活動を始める[2]。
1949年(昭和24年)に筑紫会を創設[2]、1956年(昭和31年)に大日本家庭音楽会から離脱した際に筑紫歌都子と改める[4]。1972年(昭和47年)に藍綬褒章を受章する[2]。