米原眞司
From Wikipedia, the free encyclopedia
人物
兵庫県立川西明峰高等学校時代、中学から始めたテニスに熱中(高校のダブルスパートナーはシンガー・ソングライターの上田現)する傍ら、洋楽レコードのジャケットを模写するなどして独学でデザインを勉強。初めて書いた油彩画が「全国高校絵画ポスターデザイン映画コンクール」で最高の文部大臣賞を受賞し、副賞のヨーロッパ美術研修旅行で一ヶ月間刺激を受け続けた結果、進路変更して芸術家を志すようになった。
その後、紆余曲折の末、多摩美術大学デザイン科で希少なガラス造形を学ぶことになるが、身についた放浪癖が抜けず、卒業後、アジア美術研究のため一年間の旅に出る。帰国後、北海道立工業試験場(現 地方独立行政法人北海道立総合研究機構工業試験場)野幌分場ガラス工芸科に五年間勤務するが、再びヨーロッパに旅立ち、翌年江別市にアトリエを構え、海外への研究旅行を繰り返しながら現在に至る。
「見事に丸い球体の作品で知られる米原眞司の仕事もまたガラス界においては珍しく、ユニークである。その丸さの形状の完璧性にこだわっていた彼の仕事ぶりはややストイックな性癖を示すほどのものであった――」(武田厚著・生活の友社『戦後日本の現代ガラス・私史』より)
作品
経歴
主要所蔵先
- デュッセルドルフ美術館(ドイツ)
- コーニング美術館(アメリカ)
- メイヨ・クリニック基金コレクション(アメリカ)
- 横浜美術館
- 北海道立近代美術館
- 下関市立美術館
- ボストン美術館(アメリカ)
- アメリカン・クラフト美術館(アメリカ)
- ミント美術館(アメリカ)
- エルトン・ジョン コレクション(アメリカ)
- その他、東急セルリアンタワーホテル(渋谷)など多数
参考文献
- 「米原眞司の世界」(江別市教育委員会)
- 「現代ガラス工芸作家 米原眞司の世界」(眞朝著)