1770年に朴準源と夫人・原州元氏の三女として生まれる。
王妃(孝懿王后)には子がいなかったため、貞純大妃によって、1787年に側室に選ばれた。同年に正祖と嘉礼を挙げ、側室に昇格。同時に嘉順宮の宮号が与えられた。
1790年に息子の純祖を出産、1793年には淑善翁主を出産する。1800年に息子が世子に封じられるが、同年に夫が崩御してしまう。
夫の死から数日後、息子が王に即位。息子が幼いため、義曽祖母にあたる大王大妃が垂簾聴政を実施。1822年、数え年の54歳で昌徳宮徽慶堂にて死去。
死後、高宗より正祖が「宣皇帝」の廟号を追尊されたことに判い、顯穆綏妃の称号を追贈された。