日本統治時代の台湾総督府医院小児科医長、台湾総督府医学校教授に任ぜられる。
台湾総督府での臼杵才化
東京帝国大学より医学博士の学位を授与される。正論文『生理的並びに病的関係に基ける哺乳児腸内に於ける脂肪の運命』。
- 1914年(大正3年)、「東京神田区淡路町1-1(現・千代田区)」に小児科医院を開業し小児診療に尽力。
- 1917年(大正6年)12月13日、病没。墓所は東京都杉並区、天台真盛宗・真盛寺。
30代臼杵仁(長男)(昭和20年12月10日没)も同墓地。31代臼杵薫(次男)(昭和37年3月10日没)は三重県尾鷲市、金剛寺。(28代臼杵玄貞までの先祖の墓地は、三重県津市榊原、海泉寺にあり永代供養されている)
- 臼杵才化の血縁直系子孫は、孫、曾孫、玄孫、来孫まで存在する(2019年時点)。しかし孫の代が女系であった為、直系臼杵の姓は31代をもって消滅した。