色部昌長 From Wikipedia, the free encyclopedia 色部 昌長(いろべ まさなが)は、戦国時代の武将。越後国の国人。岩船郡平林城主。 時代 戦国時代生誕 不明死没 不明別名 修理進概要 凡例色部昌長, 時代 ... 凡例色部昌長時代 戦国時代生誕 不明死没 不明別名 修理進官位 遠江守氏族 色部氏父母 父:色部重長子 憲長テンプレートを表示閉じる 永正の乱 永正4年(1507年)、越後守護代・長尾為景が上杉定実を擁立し、越後守護・上杉房能に対し反旗を翻すと(永正の乱)、昌長ら揚北衆の多くは守護方に味方した。為景により房能が自刃に追い込まれて以降も昌長は本庄時長・竹俣清綱らと共に抗戦を続けた。 同じ揚北衆である中条藤資・築地資茂らが為景に属し色部氏らを攻撃してくると、昌長は平林城に籠城し、上杉顕定に救援を求めたが、為景に阻まれ、翌永正5年(1508年)に城は陥落、昌長は為景に降伏した。 参考文献 池亨 『上杉謙信の本音』吉川弘文館 2024年10月 関連項目 揚北衆 Related Articles