菊池寛実
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栃木県那須郡健武村(現・那珂川町)出身。東京法学院中退後、田中正造の書生をしながら岩崎清七や竹内明太郎の知遇を得る。明治42年(1909年)に鬼怒川での水力発電事業に加わるが程なく浅野総一郎によって買収され、その売却益を元に常磐炭田の辰ノ口炭鉱・三友炭鉱を買収。第一次世界大戦の好景気もあって水郷汽船の経営にも進出したが、世界恐慌の影響をもろに受けて昭和8年(1933年) に破産。一時は逼塞するも古賀春一率いる大日本炭礦の経営に関わり、同社内で半ば閉砿状態だった高萩炭鉱の再建に従事し昭和15年(1940年) には大日炭から独立し社長に就任した。
戦後は鮎川義介より日本炭鉱を買収するなど本業の石炭業の他にも、大日炭時代に知己となった南俊二と組んで帝国石油の経営権をめぐる株買い占めに関わり同社監査役に就任。南悠商社を根城に東南アジアへの進出を目論み、京葉瓦斯社長を務めた。しかし発起人に名を連ねた武州鉄道をめぐる汚職事件で逮捕・起訴され、禁錮6月・執行猶予1年の有罪判決を受けた。執行猶予満了程なくして死去。