藤原朝方
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| 時代 | 平安時代後期 - 鎌倉時代初期 |
|---|---|
| 生誕 | 保延元年(1135年) |
| 死没 | 建仁元年2月16日(1201年3月22日) |
| 別名 | 三条大納言、堤大納言 |
| 官位 | 正二位、大納言 |
| 主君 | 鳥羽法皇→後白河法皇 |
| 氏族 | 藤原北家勧修寺流 |
| 父母 | 父:藤原朝隆、母:藤原顕隆の娘 |
| 兄弟 | 朝方、朝親、雅方、証朝、覚朝、藤原光頼室、藤原光房室 |
| 妻 | 藤原師綱の娘 |
| 子 |
朝定、朝経、隆誉、藤原実家室 養子:朝時 |
藤原 朝方(ふじわら の ともかた)は、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿・能書家。藤原北家勧修寺流、権中納言・藤原朝隆の長男。官位は正二位・大納言。三条大納言・堤大納言と称された。鳥羽法皇・後白河法皇二代に亘って仕えた院近臣。