弘仁14年(823年)淳和天皇の即位に伴い、従六位上から三階昇進して従五位下に叙せられ、天長2年(825年)従五位上に昇進する。のち淳和朝にて内蔵頭を務める。
承和7年(840年)5月淳和上皇の崩御の際、御装束司を務める(この時の位階は正五位下)。同年7月越前守として地方官に転任する。その後、承和11年(844年)従四位下、仁寿3年(853年)従四位上と昇進する一方で、阿波守を務める。
清和朝の天安3年(859年)刑部卿に任ぜられて京官に復し、翌貞観2年(860年)には三階の昇叙により従三位となって公卿に列した。