魯迅公園
上海の公園
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概略
魯迅公園はかつては虹口公園と呼ばれており、清朝時代の1896年に上海共同租界工部局(市役所に相当)が租界の外にあった農地を取得して造営された。当時の虹口区には日本人居留者が多く、日本租界とも呼ばれていた[1]。小説家の魯迅や、その友人で古書店主でもある内山完造もこの付近に居住していた。
当初公園は「虹口娯楽場」と呼ばれ、イギリス人園芸家によって設計されたため西洋式庭園であり賭博場が設置されていた。1922年に「虹口公園」と改称された。
この公園では1932年には日本人要人が多数殺傷した上海天長節爆弾事件が発生した。1937年に日華事変で上海に侵攻した日本軍によって公園内の建物は破壊された。1942年には完全に日本軍の軍事用地として接収された。
