谷口重政 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代別名 仁兵衛氏族 谷口氏 凡例谷口 重政時代 江戸時代別名 仁兵衛氏族 谷口氏テンプレートを表示 谷口 重政(たにぐち しげまさ)は、江戸時代初期の武士。陸奥の大名津軽氏の家臣。 京都の出身。慶長15年(1610年)、弘前藩主津軽信枚の目に留まり、200石で津軽家に仕官した。翌年、弘前城の築城の際には竿奉行となる。その後も、慶長19年(1614年)、大坂の陣出陣の為、箱根の関所での通過交渉や寛永4年(1627年)の弘前城への落雷後の石垣修築の奉行、寛永5年(1628年)百沢山門の建築の際には作事奉行を務めるなどした。 谷口氏について 「津軽弘前城史」の城内絵図に西の郭柳川調興屋敷の隣に「谷口清兵衛」の屋敷が見える。また、「弘藩明治一統志」宝暦五乙亥年御家中屋舗改大帳」などは3軒、「明治二年弘前絵図」には2軒の谷口家が確認される。弘前市出身の書家谷口英堂は子孫とされる。直系の子孫は愛知県長久手市住谷口真潮(15代)。 参考文献 「青森県人名大事典」1969年、東奥日報社 「津軽弘前城史」 1973年、名著出版 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles