遼寧工業大学
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遼寧工業大学は工学を主体に、理学、経済学、管理学、文学がともに発展する全日制大学。2013年国家の「中西地方大学基礎能力建設計画」に入選された重点大学である。
2014年3月まで、学校の面積は約67万平方メートル、建築面積は約36万平方メートル。省級実験模範センター4つ、各種の専門教室6.6万平方メートル、授業用のコンピューター5000台余り、実訓センター4つ、基礎実験室と専門実験室60室余り、22億円に値する教育科学研究機械5000台余りなどがある。図書情報ビルの建築面積は39000平方メートルで、文献資料は120万冊余りである。
学校には21の学部(学院、センターを含むが置かれている。一級学科の修士学位が7つ授与できる。職員数1200人、学生数18000人。本科教育を主に、修士教育、留学生教育、継続教育など重なり合った仕組みになった。
学校は学生素質の向上、実践力と創新精神の強化を重視する。「遼寧工業大学―錦州万得集団工程実践教育センター」は「国家級大学生校外実践教育基地」であり、「遼寧工業大学―錦州市市政工程本社工程実践教育センター」は「省大学生実践教育」基地である。この3年間、学生は省級以上の重大な科学コンテストにおいて、国家級賞52件、省級賞1058件を受賞した。学校は授業が厳格で、学風が濃厚である。高素質の人材を培う能力が社会に承認される。卒業生が高素質で、環境に順応する能力が強いために好かれる。ここ数年卒業生の就職率は95パーセント以上に達する。
学校の科学研究力が強い。この5年共に国家自然科学基金、「863」計画、「973」計画、国家重大支持計画を完成し、省市級各科学研究課題860件余り、省部級以上の賞20件余りを受賞した。国際三大検索に収まった学術論文は500篇に達する。
国家間の交流と協力の効果が著しい。アメリカ、ドイツ、イギリスなどの国家での大学20校以上と校間の協力関係を築いて、学校の国際影響力を拡大した。2013年、学校は国家的な資格を取って、訪中留学生が奨学金がもらえるようになる。
略歴
- 1951年 錦州工業専門学校が創立される。
- 1960年4月 錦州工学院に昇格する。当時の国家副主席董必武と中国科学院院長郭沫若が題名をつける。
- 1969年10月 閉校。
- 1978年4月 運営再開。初めの入学者は246人。
- 1992年6月 国家教育委員会に許可され、名称は遼寧工学院に変更する。
- 1993年 省政府が力を入れて支持する4つの大学の1つと選ばれて、修士学位が授与できるようになる。
- 1995年 中国で初めて合格だと認定される学校の1つになる。
- 2007年3月 国家教育部の許可を取って、名称は遼寧工業大学に変更する。
- 2013年 国家の「中西地方大学基礎能力建設計画」に入選された重点大学になる。