還相回向
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曇鸞と庄松の解釈
- 還相とは、かの土に生じをはりて、奢摩他・毘婆舎那・方便力成就することを得て、生死の稠林に回入して、一切衆生を教化して、ともに仏道に向かへしむるなり。
と「還相回向」を釈している。
続けて、
- もしは往、もしは還、みな衆生を抜いて生死海を度せんがためなり。このゆゑに、「回向を首として大悲心を成就することを得たまへるがゆゑなり」
と二種の回向を釈している。
(意訳)
- 還相回向というのは、阿弥陀如来の浄土に往生して、止観行を成就し教化する力を獲得し、生死の世界、つまりこの世に還り来たって、すべての衆生を教化して、一緒に仏道に向かわせようとする力を、阿弥陀如来から与えられること。
また、江戸時代讃岐の庄松という妙好人が「私が捨てた念仏を喜んで拾う者がいる」と言うように、称名の声を聞いた時に、浄土からこの我々に働きかけているすがたと感じて、それに応えて称名をする姿を言う。[要出典]