郷見神社
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創立、由緒は詳でない。 なお、里見義成が築いた里見城が隣接しており、つながりもあると考えられるが定かではない。 一説には、豊城入彦命の古墳を守るために郷見神社となる諏訪神社が建てられたとの伝承もあるが、それを証明する古文書は失われたと伝えられている。 明治43年9月19日下里見地域内の諏訪神社に八幡宮、月読宮、諏訪大明神、天満宮を合祀合具し、社名を郷見神社と改め村社とした。
社殿は、間口二間、奥行三間、中宮を祀る。 奥殿は、浮彫組子の精巧極めた梢の大きいものである。
- 境内面積 251坪
郷見神社では、合併した神社の社殿を保存している。
- 八幡宮
- 月読宮
- 諏訪大明神
- 天満宮
それぞれの社殿を作った年代は正確には判明していないが徳川初期から中期のものと思われる。
雑記
- 八幡宮では、里見義俊、源家の氏神、岩清水八幡宮を勧請と伝わっている。
- 古墳は、きわめて質素な自然石をもって作られた袖形石室で、覆土も少なく小規模のものである。盗掘、発掘されつくした今日では出土品もなく立証すべき何者もない。