唐は漢末魏晋南北朝の都督制を踏襲し、都督の駐屯地に都督府を設立した。北周・隋は都督を改めて総管としたが、唐は都督の名称を回復した。都督府は一般に数州の軍政を指揮管轄したが、唐が府兵制を実行すると、軍権は朝廷に集中し、地方都督にはほとんど実権がなくなった。後に府兵制が崩壊すると、軍権は指揮権を持った節度使(中国語版)あるいは観察使の持つところとなった。安史の乱後、都督府は撤廃され、都督は名誉官位として、宰相が召し出して加増する官位となった。唐は羈縻地区にも都督府を設立し、一般には一国家の政権あるいは民族部落を一都督府とし、国王あるいは首長(中国語版)を都督に任じた。