里村欣三

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日本現代文学研究会『現代日本小説大系』第42巻(1949)より

里村 欣三(さとむら きんぞう、1902年3月13日 - 1945年2月23日)は、日本の小説家

岡山県和気郡福河村(現在の備前市)生まれ。本名: 前川 二享(にきょう)。谷周平(昌武)ら新選組の谷三兄弟は母方の家系である。関西中学校中退。1922年、徴兵検査で甲種合格、岡山の歩兵第10連隊に入営したが脱走、水死を装って逃亡し、満洲を放浪する。

のち上京し『文藝戦線』に投稿、1924年に深川貧民窟のルポルタージュ『富川町から』を発表して注目される。1925年に中国での体験をもとにした小説「苦力頭の肖像」を発表し、プロレタリア文学の新進作家として認められる。この時代は、脱走兵であることを知られぬために、写真の公表を拒んでいた。

労農芸術家連盟解散後は、本籍地の役場に出頭し、1935年、徴兵検査を再び受け、第二乙種合格、第二補充兵として入営した。その後、除隊となったが、1937年、日中戦争時に召集され、1939年まで中国戦線で戦った。太平洋戦争陸軍報道班員として従軍し、シンガポールボルネオを舞台としていくつかの著作を残したが、今日出海と共に従軍したフィリピンで戦死した。創価教育学会員であった。

著書

参考文献

外部リンク

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