中学2年の時に父から囲碁を学び、めざましく上達して、中学3年で韓国棋院研究生となる。1969年入段。1975年MBC杯国棋戦決勝で河燦錫を2-1で破り棋戦初優勝。1976年に棋王戦で「韓国のカミソリ」と呼ばれる鄭昌鉉に挑戦し、3-2でタイトル獲得。翌年は金寅に奪われるが1978年に再度金寅から3-1で奪還。70年代には金寅九段、金益英五段、申宗植六段、申彦澈二段、洪鐘賢八段、田永善七段とともに酒豪七傑を名乗る。
1976年五段。1980年七段。1987年KBS杯準優勝により、1989年第1回テレビ囲碁アジア選手権戦に出場、1回戦で武宮正樹に敗れる。1991年八段。1995年ロッテ杯中韓囲碁対抗戦出場。1996年LG杯世界棋王戦に出場、1回戦で聶衛平に敗れる。1997年九段。