信濃国松代藩の重臣鎌原重義の三男に生まれる。19歳で家督を継ぎ、1000石を給され首席家老に進んだ。長国寺の住職千丈実巌に詩文を学び、江戸で佐藤一斎に漢学を学ぶ。武技にも優れ、射術、馭術、槍術、剣術、兵学、拳法、銃法、小笠原流礼法、故実、点茶などの諸芸に通じた。私塾の朝陽館には多くの門弟が集まり、文化10年(1813年)藩儒の林単山が藩の学政責任者に任じられると、塾生を藩校に送り出した。天保7年(1836年)に病臥し、致仕した。
蔵書は1万巻をかぞえ、著書に「桐山漫筆(朝陽館漫筆)」、「大東鈴家智嚢」などがある。漫筆は文化5年(1808年)に筆を起こし、嘉永3年(1850年)に完結、全162巻の大著で、古文書、金石文、故実、人物伝、口碑、寺伝、詩歌、考古学絵図など、内容は多岐にわたる。昭和9年(1934年)に北信郷土叢書刊行会が12冊にまとめて復刊した。