長岩城 (筑後国) From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 山城築城主 長谷部信連または問註所康行築城年 文治年間または正和2年(1313年)主な城主 問註所氏logo長岩城(福岡県)城郭構造 山城築城主 長谷部信連または問註所康行築城年 文治年間または正和2年(1313年)主な城主 問註所氏廃城年 天正15年(1587年)頃指定文化財 未指定位置 北緯33度16分41.9秒 東経130度49分29.3秒 / 北緯33.278306度 東経130.824806度 / 33.278306; 130.824806地図 長岩城 テンプレートを表示 長岩城(ながいわじょう)は、福岡県うきは市にあった日本の城(山城)。 筑後川支流である隈上川の上流域の、標高約407mの山の中腹に築かれていた。本丸、二の丸、三の丸が階段状に配され、本丸の背後には屋敷や倉庫があった。また、南東の標高約500mの山頂部に松尾城があった。 『筑後将士軍談』によれば文治年間に長谷部信連が、『問註所家系譜』によれば正和2年(1313年)に問註所康行が築いたとされる。当城が史料に具体的に表れるのは天正年間以降で、天正8年(1580年)には大友氏の傘下にあった問注所統景が3年間籠城したという記録がある。天正15年(1587年)の九州国分で統景は大友氏から離れて豊臣秀吉に直接仕え、後に小早川隆景の与力となった。この時期に当城は廃城になったとされる。 参考文献 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(40.福岡県)』、角川書店、1988年 日本歴史地名大系 (オンライン版) 関連項目 日本の城一覧 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles