長谷川善雄
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1898年(明治31年)、兵庫県神崎郡田原村北野(現神崎郡福崎町)に生まれる。早稲田大学冶金科卒。
フランス・ソルボンヌ大学に留学。彼にフランス語を手ほどきしたのがフランス文学者小松清である。そのときのテキストを出版したのがシモン・ギヤンチヨンの『マヤ』(1933年、東京金星堂)で、これが『娼婦マヤ』の日本語初出版であった。この間のいきさつについては1950年(昭和25年)に小松清が白水社から出版した戦後初版の『娼婦マヤ』に説明がある。つまり、小松が長谷川にフランス語の手ほどきした頃、素封家の長谷川が小松の生活費の面倒を見ていたのである。帝劇で初演されたときの娼婦役は細川ちか子で、興行費用などは長谷川が負担した。
長谷川は日本長唄協会顧問(杵屋勝次郎を名乗る)として地唄の作詞を、日本演劇学会員として歌舞伎の評論を手がけ「女形の美しさは、その病的な美しさにある」と説いた。
また、駐日フランス大使で詩人としても著名であったポール・クローデルと親しく、クローデル全集の翻訳権を持ち、自ら翻訳した。