関城 (常陸国) From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平城築城主 関氏築城年 不明(鎌倉時代)主な城主 関宗祐・関宗政logo関城(茨城県) 城郭構造 平城築城主 関氏築城年 不明(鎌倉時代)主な城主 関宗祐・関宗政廃城年 1343年(康永2年/興国4年)遺構 曲輪指定文化財 国の史跡位置 北緯36度13分31.6秒 東経139度57分49.7秒 / 北緯36.225444度 東経139.963806度 / 36.225444; 139.963806地図 関城 テンプレートを表示 関城(せきじょう)は、茨城県筑西市関館(常陸国真壁郡)にあった日本の城。国の史跡に指定されている。 鎌倉時代に結城氏の一族である藤姓関氏によって築かれた平城である。 南北朝時代に入ると、関宗祐・宗政親子は南朝方にあったが、暦応4年/興国2年(1341年)に小田治久の離反によって小田城を追われた北畠親房がこの城に逃げ込んだことから、近隣の大宝城とともに北朝方の標的となる。戦いは2年にわたったが、康永2年/興国4年11月11日(1343年11月28日)に北朝側からの総攻撃を受けて翌日陥落、関親子は討死し、北畠親房は辛うじて脱出した(関城・大宝城の戦い)。 この戦いの最中に北畠親房が白河城の結城親朝に対して送ったとされる『関城書』は有名である。 参考文献 この節には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です。 脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2020年5月) 吾妻建治「関城」(『国史大辞典 8』(吉川弘文館、1987年) ISBN 978-4-642-00508-1) 堤禎子「関城」(『日本史大事典 4』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-582-13104-8) 糸賀茂男「関城」(『日本歴史大事典 2』(小学館、2000年) ISBN 978-4-09-523002-3) この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles