阿南惟敬
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家系
- 父は終戦時に陸軍大臣を務めていた阿南惟幾で、惟敬は6人兄弟の二男である。父惟幾は閣議でポツダム宣言の受諾に反対しつつ、陸軍の暴走を抑えて終戦に持ち込まれたのを見届けた後、1945年8月15日早朝に割腹自決している。
- 兄である長男は早世し、弟に三男惟晟(陸軍少尉、1943年戦死)、四男・惟正(元新日本製鐵副社長、靖国神社氏子総代)、五男惟道(野間家へ養子、元講談社社長)、六男惟茂(元中華人民共和国駐箚特命全権大使)を持つ。
- 叔父に宮城事件の関係者である竹下正彦(陸軍中佐、陸将、参謀本部編制班長兼動員班長、陸軍省軍務局軍務課内政班長、第4師団長(陸自)、陸上自衛隊幹部学校長)、義妹に元講談社社長野間佐和子がいる。