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除括性

言語学で人称の包括形と除外形との区別 From Wikipedia, the free encyclopedia

除括性(じょかつせい、英語: clusivity)または包括性(ほうかつせい)は、一部の言語における人称の包括範囲の区別を指す。言語によっては、一人称複数双数などにおいて、聞き手を含むか否かを区別することがある。具体的に、話し手「私」や第三者「彼」を含むが、聞き手「君」を含まない除外形: exclusive form排除形排他形とも)と、話し手「私」と聞き手「君」を含み、場合によっては第三者「彼」も含む包括形: inclusive form)という形態上の対立が存在する言語がある。

例えば、言語学者と数学者が参加する会議において、言語学者が数学者に向かって「私たち」と言う状況を想定する。このとき、発話者である言語学者と他の言語学者の集団を指し、聞き手である数学者が含まれない場合が除外形である。一方、その言語学者も他の言語学者も数学者も含め、会議に参加した全員が含まれる場合が包括形である。

このような区別は、代名詞に限らず、語形変化や人称接辞など他の人称表現においても現れる。また、除括性のある言語では、この区別は原則一人称にしか存在しない[1]。一部の言語では、完全に二分されず、一方が曖昧になる場合もあり、例えば、中国語普通話では、「我们(我們)」は包括・除外どちらも指すが、「咱们(咱們)」は包括のみである。

除括性の区別が存在しない言語では、文脈などによって包括範囲が判断される。また、さらに基本的な区別として、そもそも「私たち」に相当する専用の代名詞を持たない言語も存在する。例えば、ピダハン語には独立した一人称複数形がなく「私とあなた」のように表現し、カウェスカル語では一人称単数形が「私たち」の意味を兼ねる[2]

研究史

除括性の対立は、英語をはじめとするヨーロッパ諸語やその周辺地域の言語には見られない特徴である。初期の言語学研究はこうしたヨーロッパの言語を主な対象として発達したため、この区別は長らく一般的な言語学的特徴としては認識されていなかった。この概念が記録上初めて明確に記述されたのは16世紀のことであり、ドミニコ会の修道士ドミンゴ・デ・サント・トマス英語版が1560年に出版したケチュア語の文法書において発見・報告された[2]

概念図

参照の集合:包括形式(左)と除括形式(右)

除括性のパラダイムは以下のような表や図で表すことができる。

さらに見る 聞き手を含むか, はい ...
聞き手を含むか
はい いいえ
話者を含むか はい 包括的な「私たち」:
私とあなた(そして場合によっては彼ら)
排他的な「私たち」:
私と彼ら、でもあなたは除く
いいえ あなた / あなた方 / みんな彼ら
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形態

一部の言語では、一人称代名詞の単数・除外複数・包括複数がそれぞれ別語根のように見える。例えば、チェチェン語では、単数со、除外複数тхо、包括複数вайである。

一方、三つ全てが明確な単純な複合語の言語もある。例えば、パプアニューギニアで話される英語などのクレオール言語であるトク・ピシンでは、単数mi、除外複数mipela、包括複数yumiは、それぞれmi(英語のme由来)単体、miと複数接辞pela(英語のfellow由来)の複合、yu(英語のyou由来)とmiの複合のように、いずれもmiの派生語である。

また、複数形の代名詞のどれかが単数形と同根であり、もう一方の複数が異根である場合もある。例えば、中国語普通話などの一部の北京語の方言では、包括的または除外的複数の「我們/我们」が単数形「」の複数形であり、包括的な「咱們/咱们」とは異根である。

同じく一人称単数を意味していた別々の単語が、それぞれ除外的複数と包括的複数に派生することもある。例えば、ベトナム語では、くだけた一人称taが複数包括形chúng taに派生し、丁寧な一人称tôiが除外形chúng tôiに派生している。

また、世界の言語の中には、包括形のみが専用の独立した形態を持ち、除外形が一人称単数形(「私」)と全く同じ形態をとる言語(ブラジルのカネラ・クラホ語英語版など)も少数ながら存在する。一方で、これとは逆に「除外形のみが専用の形態を持ち、包括形が一人称単数形と同形になる」という構造を持つ言語は、これまでの調査では確認されていない。このことは、言語における包括形と除外形の間に、形態上の非対称性が存在することを示唆している[2]

地理的分布と具体例

世界的に見ると、除括性の有無には地理的・系統的な偏りがある。インド・ヨーロッパ語族などのヨーロッパおよびその周辺地域の言語には除括性の区別が見られず、アフリカ大陸においても比較的珍しい。

一方、アジアにおいてはドラヴィダ語族ムンダ語派、中国語の北部方言などにみられる。オセアニアからアジアにかけて広がるオーストロネシア語族や、オーストラリア先住民の言語(非パマ・ニュンガン語族など)においては、除括性の区別を持つことが一般的である。南北アメリカ大陸の言語においては、区別を持つ言語と持たない言語が半々程度存在する[2]

その他、ウガンダソ語英語版[1]オーストロアジア諸語[3]、北部ビルマ諸語ナバホ語アイヌ語[4]琉球語[5]など、世界中の多様な言語で区別が確認されている。

琉球語

日本語には除外的・包括的な区別が認められないのに対し、同じく日琉語族の琉球語において、沖縄本島北部の諸方言には、ワッター系とアガ系の二系列の一人称複数代名詞が存在し、前者を除外形、後者を包括形と分析されることが多いが、用法に例外が有り、人称対立性による区別も提唱されている[5]

アイヌ語

アイヌ語では、人称接辞ci==asに代表される(除外的)一人称複数に対する、包括的な一人称複数を含む多様な人称を指すことができる(四人称とも呼ばれる)a==anが存在する[4]

中国語

中国語の一部の官話方言では包括的一人称複数「咱們」及び除外的一人称複数「我們」があり、また時には「我們」が包括的一人称として使われる場合もある[6]。また、南方でも閩南語など一部の限られた方言で区別がある[7]

ベトナム語

ベトナム語では除外的一人称複数代名詞chúng tôi及び包括的一人称複数代名詞chúng taがある[3]

モンゴル語族

モンゴル語族においては、言語や時代によって除括性の体系に多様な変化がみられる。中世モンゴル語英語版において、一人称複数形に排除形(除外形)の「ba」と包括形の「bida」の2つの系列が存在した[8]

この中世モンゴル語における区別は、現代の一部の言語でも独自の形態をとって保持されている。例えば、ダウール語では排除形の主格が「bā」(斜格「mān-」)、包括形の主格が「bed」(斜格「bedən-」)として区別される[9]シラ・ユグル語では排除形「buda」(斜格の語幹「budan-」)と包括形「budas」(斜格の語幹も同形)の区別があり[10]東郷語では排除形「bidžien」に対して包括形「mataŋ」が用いられる[11]

一部の格にのみ区別が残存する言語もある。カルムイク語では主格においてのみ排除形「bidən」と包括形「madən」の区別があり、斜格ではどちらも「man-」となる[12]。現代のモンゴル語の一人称複数代名詞「бид」においては、主格では除括性の区別はないが、属格においてその区別の名残がみられる。話し手と聞き手を包括する包括形「бидний」に対し、聞き手を含まない排除形「манай」が存在する。また、排除形の「манай」は、家族や所属先などに付けて親しみなどを表す待遇表現としても用いられる[13]

さらに、バオアン語では、排除形の主格が「bədə」(属格「bəda-nə」)、包括形の主格が「mangə」(属格「ma-nə」)となっており、中世モンゴル語やダウール語などとは形態と機能の対応が逆転している[14]

一方、ブリヤート語では、一人称複数形の斜格形の語幹として「man-」と「biden-」の2つの系列があるが、これらは元来は包括形と排除形の違いであったものが、現在は単なる交替形として用いられている[15]。また、モゴール語では「bidad」のみが存在し、除括性の区別を持たない[16]

満洲語

除外形の主格が「be」(斜格「men-」)、包括形の主格が「muse」(斜格の語幹も同形)として区別される[17]

オーストロネシア語族

オーストロネシア語族の言語においては、除括性の区別が広範に観察される。例えばインドネシア語マレー語では、包括的な「kita」と除外的な「kami」の対立がある[18]。また、フィリピン諸語であるタガログ語でも包括形の「tayo」と除外形の「kami」の区別がある[19]。さらに、フィジー語をはじめとするオセアニア諸語の一部では、この包括・除外の区別が、双数や三数などの複数より細かな数カテゴリーと組み合わさることで、高度に体系化された人称代名詞のパラダイムを形成している[20]

ドラヴィダ語族

ドラヴィダ語族では、一人称複数代名詞における包括形と除外形の区別が広く見られる。タミル語では、話し手と聞き手を含む包括形は「நாம்」(nām)、聞き手を含まず話し手側のみを指す除外形は「நாங்கள்」(nāṅkaḷ)を用いて区別される[21]。また、同じ語族に属するテルグ語においても包括形「మనము」(manamu)と除外形「మేము」(mēmu)[22]マラヤーラム語においても包括形「നമ്മൾ」(nammaḷ)と除外形「ഞങ്ങൾ」(ñaṅṅaḷ)という形態の区別が存在する[23]

トク・ピシン

パプアニューギニア公用語の一つであるクレオール言語トク・ピシンは、英語を語彙の基盤としながらも独自の除括性の体系を発達させている。一人称複数において、聞き手を含む包括形は「yumi」(英語の「you」と「me」に由来)、聞き手を含まない除外形は「mipela」(英語の「me」と複数接尾辞「-pela」(fellowに由来))として区別される[24]

文法的示唆

除括性の区別は一人称に限ることも、人称の有生性の階層性の裏付けとされている[1]

出典

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