神奈川県横浜市出身。神奈川県立横浜翠嵐高等学校、早稲田大学文学部仏文科卒。同大学大学院修士課程修了。在学中は「早稲田大学現代文学会」に所属。会員に生島治郎、高井有一、富島健夫がいた。生島は神奈川県立横浜第二中学校(横浜翠嵐高等学校の前身)以来の友人でもある。
新聞記者として東京タイムズ社に勤務、学芸部長を務めた。その後、学習参考書編集者を経てコラムニスト・文芸評論家に。1972年から1978年まで『週刊朝日』に「人間万歳」を連載し、「アメヒコ節」で人気を博した。早川書房の『ミステリマガジン』誌では、読者の誌上登場コーナー「街角のあなた」のインタビュアーなども行っている。
1978年、『課外授業 ミステリにおける男と女の研究』で第31回日本推理作家協会賞評論部門受賞。