風穴延沼 From Wikipedia, the free encyclopedia 生地 杭州余杭県宗派 臨済宗寺院 汝州風穴山、郢州広恵寺師 南院慧顒風穴延沼 乾寧3年 - 開宝6年8月15日(896年 - 973年9月14日)生地 杭州余杭県宗派 臨済宗寺院 汝州風穴山、郢州広恵寺師 南院慧顒弟子 首山省念テンプレートを表示 風穴延沼(ふけつ えんしょう)は、晩唐から宋代にかけて活動した臨済宗の禅伯。臨済下4世。 乾寧3年(896年)、杭州余杭県にて生誕。俗姓は劉氏であると伝わる。初め儒者を志したが、杭州開元寺で出家した後、越州の鏡清道怤に就いた。その後襄州華厳院の宝応禅院南院に移り、守廓次いでその師の南院慧顒に薫陶を受けてその法を継ぐ。長興2年(931年)、汝州の風穴山に住したが、天福2年(937年)には州牧の李史君に請われて郢州へ移った。乾祐2年(949年)、汝州大師の依頼によりその邸宅を寺に改めた。広順元年(951年)、郢州の新寺に広恵寺の額を賜り20年間住持として大衆を指導した。 開宝6年8月15日(973年9月14日)、78歳で病没。『景徳伝灯録』巻13がその事績を伝える。法嗣として首山省念がいる。 参考文献 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p112 1985年 先代南院慧顒 臨済宗930 - 973 次代首山省念 Related Articles