駒澤大学附属岩見沢高等学校
かつて北海道岩見沢市にあった高等学校
From Wikipedia, the free encyclopedia
駒澤大学附属岩見沢高等学校(こまざわだいがくふぞくいわみざわこうとうがっこう、Komazawa University Iwamizawa High School)は、かつて北海道岩見沢市緑が丘五丁目102番地に存在した私立高等学校。略称は「駒大岩見沢」・「駒岩」で、北海道岩見沢市では唯一の私立高等学校であった。
| 駒澤大学附属岩見沢高等学校 | |
|---|---|
|
| |
北緯43度10分56.9秒 東経141度46分17.4秒 | |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人駒澤大学 |
| 設立年月日 | 1964年1月28日 |
| 創立記念日 | 1月28日 |
| 閉校年月日 | 2014年3月31日[1] |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース |
I型(文系コース) II型(理系コース) III型(教養コース ) |
| 学期 | 2学期制 |
| 高校コード | 01534C |
| 所在地 |
〒068-0835 北海道岩見沢市緑が丘五丁目102番地 |
概要
その名の通り駒澤大学の附属校であった。同じ岩見沢市にはかつて岩見沢駒澤短期大学があったが、こちらは1989年に廃止されている。同校の跡地は駒澤大学北海道教養部を経て駒沢看護専門学校に転用され短期大学・北海道教養部時代はスノーシェルターとしての連絡通路で繋がっていた[2]。北海道内には同じ駒澤大学附属校である駒澤大学附属苫小牧高等学校(苫小牧市)が存在する。
2010年10月8日、駒澤大学は記者会見を行い、生徒数減少を理由とする2012年度からの生徒募集停止を発表[3]。その後、2014年3月をもって閉校[1]。
野球部は春夏合わせて12回甲子園に出場した。最高成績は1993年春(第65回大会)のベスト4である。
沿革
校舎
- 1号館:3階は2年生の教室・美術室、2階は1年生の教室・ワープロ室、1階は職員室・調理実習室など
- 2号館:2階は3年生の教室・書道室、1階は、進路指導室、図書室、化学実験室など
- 1号館と2号館の間に生徒玄関があり、中庭があったが後にテニスコートに変わった
- 高校野球部専用屋内練習場 - トレーニングセンター併設
- サッカー・ラクビーグラウンド
- 野球グラウンド
- 硬式テニスコート[5][6]
- 駒澤大学附属岩見沢高等学校や駒澤大学北海道教養部と共用の本館前の正門に繋がる中央部ロータリーには二十周年記念事業の一環として、慈光観音像が建立された。身丈3メートル30センチ・総高3メートル80センチで全体が金色であったという[7]また、学校前の国道234号沿いには校名の入った高さ10メートル・横幅5.4メートルの巨大な広告塔もあった[8]。
廃校後、正門と2015年9月に建立された閉校記念碑(駒澤大学附属岩見沢高等学校野球部甲子園出場記念を併記)[9]、駒沢大学への土地譲渡記念碑を除き、2015年度中に全て解体された。
- この他に、連絡通路でつながったボクシング練習室や体育館があった。
交通アクセス
野球部
1978年より指揮を執る佐々木啓司監督の下、「守りの野球をしようにも、素質のある選手が集まらない」と、打力重視のチームとなり、「ヒグマ打線」という異名もつくほどの強豪になった[11]。閉校までに春に8回、夏に4回、秋に3回、全国出場。1993年春(第65回)では4強入りした。
夏の予選においては南北海道大会に参加していたが、2007年度より道高野連支部の区分け変更に伴い北北海道大会へ移ることになり、その初年度の夏に駒大苫小牧とのアベック出場が決まった。両校とも系列が同じであるためユニフォームも基本デザインが同じであるが、岩見沢がグレー、苫小牧が白をベースにしたユニフォームである。帽子のマークは苫小牧は「K」であるが、岩見沢は「KOMAZAWA」であった。1992年以前は苫小牧と同じ「K」で色は苫小牧の白色と異なり朱色であったが、岩見沢の伝統を受け継ぐ意味も込め、攻撃時に被るヘルメットのマークを「KOMAZAWA」に変えていた。
