高森城 (肥後国)
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熊本県阿蘇郡高森町高森字城山に位置し、阿蘇二十四城の1つとされた。高森城は肥後、豊後、日向の国境を押さえる要衝に位置し、戦国時代を生き抜いた阿蘇大宮司家最後の城となった。城地の後方には千人隠れの岩屋と呼ばれる窪地があり、間道は村落へ通じる。
室町時代から安土桃山時代を通じ、阿蘇氏の一門で南郷七家の筆頭である高森氏が一帯を治めていた。 薩摩島津氏から数度の侵攻を受け、天正14年(1586年)、ついに城主高森惟居が切腹し高森城は落城、肥後全土が平定された。城主が切腹した場所は現在も高森殿杉として清栄山に残っている。
また、落城の際に高森惟居の娘・柏姫が島津氏の家臣に斬られたと伝わる。なお、柏姫の墓は高森町の西郊にあり、柏塚と呼んでいる。
城地の詳細については確定しておらず、清栄山付近、標高約840mの迫地に立地していたと推測される。国道沿いの石碑のある場所は城跡ではない。
