麻生子八咫
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東京都目黒区生まれ、埼玉県鴻巣市育ち。活弁士・麻生八咫の一人娘として生まれる。幼い頃は口数の少ない子供だったという。幼稚園の頃から東京近県の麻生八咫の活弁公演を観て育ち、次第に自分も活弁をやりたいと思うようになる。9歳の時に「活弁士になりたい」と打ち明けた。最初は反対していた麻生八咫だが、色々な人に相談し、木馬亭の支配人だった芝清之氏の「面白そうじゃないか。木馬亭からデビューさせたらいい」という言葉で子八咫のデビューを決めた。デビュー演目は、チャップリンの『キッド』と『大番頭』。
2000年の夏休み(当時中学3年生)に鴻巣市の海外派遣団の一員として渡米し、滞在中に2箇所で英語活弁を披露した。この体験がきっかけで、英語活弁を始めた。
2003年11月、第48回⽂部科学⼤⾂杯全国⻘年弁論⼤会・⽂部科学⼤⾂杯受賞。弁論のタイトルは「18歳の私が本気で伝えたいこと」。
2004年、獨協大学外国語学部言語文化学科に入学。両親が獨協大学の卒業生で、幼い頃から「日本で一番いい大学は獨協大学だ」と言われ続けて育ったという。ちなみに、子八咫が小学生の時に「じゃあ、日本で2番目にいい大学はどこなの?」と聞いたら、八咫はしばらく考えた後に「・・・東京大学かな」と答えたことが理由で、大学院は東京大学に進学した。獨協大学在学中の2006年4月から6月、カナダブリティッシュコロンビア大学へ留学。留学中の2006年6月、バンクーバー郊外にあるJapanese Canadian National Museumにて英語で活弁公演とワークショップを行う。2006年9月から2007年5月には、アメリカ合衆国オハイオ州フィンドレー大学へ留学。留学中の2006年10月には、フィンドレー大学講堂にて活弁公演を行った。
2005年から現在に至るまで、麻生八咫と共に「活弁教室」主宰し、後進の指導にも務める。2005年から2010年は浅草雷門通りの老舗レコード店「ヨーロー堂」2階で行い、2011年以降は、台東区社会教育センター4階ホールに場所を移し現在に至る。年1回、活弁発表会を行っている。
2008年、⾼校2年生の英語教科書『All AboardⅡ』(東京書籍)に “A Young Katsubenshi” として紹介される。
2013年3月、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論分野にて修士号を取得。
2016年、⿇⽣⼋咫・⼦⼋咫の記念切⼿発売。
2020年3⽉、東京⼤学⼤学院総合⽂化研究科超域文化科学専攻表象文化論分野博⼠課程を満期退学。
2022年10月、埼玉県鴻巣市「こうのす観光大使」就任。