黒田治
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黒田 治(くろだ おさむ、1964年5月23日 - )は、日本のラジオパーソナリティー。東京都出身。
立教大学2年生の時に大学生活を充実させる一環として、劇団ひまわり・青年部に入団。半年後、最初の舞台=8人の腕時計(代官山シアター)で主役を演じ、劇団ひまわりの芸能部からテレビやCMのオウディションに声を掛けられるようになる。CMの最初のオウディション NECの文字多重放送 MOJIMOJIで見事合格。そのCMで高橋秀樹の息子役をシリーズで演じた事で、その後、ヴィックス・コフ・ドロップ カゴメレンジランチョンのCM等に立て続けに出演。大学4年生の時、フジテレビ 桃色学園都市宣言「合羽坂学園」にレギュラーで出演していた時に、大手の芸能事務所・渡辺プロダクションから声を掛けられて劇団ひまわりから渡辺プロダクションに移籍。のちに、自分がメインパーソナリティーを務めた NACK5の深夜番組 レディオXで「この時の事を これで人生に勝った~と思ったが、その後、この業界は、そんなに甘くないと思い知らされたとも語っている」 と言うのも、そもそも役者がやりたくて渡辺プロダクションに移籍したのに、声を掛けてくれた渡辺プロダクションの担当者がバラエティー班だったため、所属がバラエティー班になってしまい 当時、コスモ証券等のCMには出演していたが、バラエティーチックな仕事ばかりで思うように役者活動が出来なかった。その後「やはり役者の仕事がしたい」と役者の事務所 アクターズプロモーションに移籍。3年ほど在籍したが、在籍中に出演したフジテレビの月曜ドラマランドを制作していた制作会社アズバースの紹介で 中山美穂の妹 中山忍の個人事務所リープアップに移籍。リープアップは小さな事務所だったが、所属タレントが、中山忍と黒田しかいなかったため、当時 TBSの深夜ドラマ 恋のStep Up(1話完結)で主役を演じるなど、役者の仕事を何本もこなしていた。しかし、晴天の霹靂。所属していた リープアップが突然解散する事になり、途方にくれる・・・「自分が一生懸命活動していても、こんな事でいとも簡単に足元を掬われるのがこの業界なんだ」と嫌気が差して、役者を辞めて、学校の先生になる決意をし始めていた。(もともと、大学を卒業したら教師になりたいと英語の教員免許を立教大学在学中に取得をしている)。しかし、捨てる神あれば拾う神あり。当時、CMの仕事で一緒になった出演者に、リープアップが解散をする事になった旨話したところ、翌日、その出演者が所属するSOプロモーションのチーフマネージャーから電話が有り「是非SOプロモーションに所属して欲しい」と執拗に誘われた。ただ、SOプロモーションは役者の事務所ではなく、しゃべり手の事務所だったので全くの畑違い。断るつもりだったと言う。ところが、SOプロモーションの当時の社長が押阪忍さんで立教大学の大先輩。その押阪忍さんから「一度直接事務所で話をしたい」と言われ、電話で断る事が出来ずに会う事になる。そこからまた運命が動き出す。押阪さんに「そもそも自分は役者になりたくてこの業界に入ったのでしゃべり手になるつもりは無いし、もう役者も辞めて学校の先生になるつもりなのでSOプロモーションに所属するつもりは無い」事を伝えると、押阪さんから「私は人を見る目があるほうだと思っている。だからプロダクションの社長をやっている。大学の後輩の君に嘘は言わない。君は間違いなくしゃべる仕事に向いている。1年で良いから、本気でしゃべりの仕事に打ち込んでみなさい。もし1年やってみてどうしても嫌だったらその時はプロダクションを辞めて学校の先生になるのを止めない」と言われ所属する事に。しかし、しゃべりの仕事はそんなに甘いものじゃない。役者の時と違って最初、キャスターとして受けるオウディションに悉く落ちた。行くオウディションという全てに落ちた。ところが所属してから3か月後、初めて、キャスターではなく、自分のキャラクターが生かせる FM yokohamaが始める月~金5時間のワイド番組 「What's Up Yokohama」ラジオのレポーターのオウディションに合格をした。そこから既に30年 テレビやラジオ等、一度もレギュラー番組が途絶える事もなく、しゃべりの仕事を続けている。最近はしゃべり手としては、情熱ナレーターとして、ナレーションに活動に力を入れている。2017年頃から一時期、落語に対して泣語という新ジャンルを確立し、泣語家 泣石家太陽としても定期的に口演活動、泣語と泣き唄のジョイントライブ、立教大学での講演をなど行っていた。しかし、世間がコロナ禍になり、口演活動が出来なくなり、現在は泣語家 泣石家太陽としての活動は一時的に停止している。尚、コロナ禍後は、得意とする経済の知識を生かして「しゃべる投資家」「個人投資家」としても積極的に活動。大きな成功を収めている。(FACEBOOK参照)そして毎月、その投資家として得た利益から定期的にこども食堂などや被災地への寄付なども行っている。(FACEBOOK参照)