ISIL

ISIL(ISIS/イスラム国)年表

ISIL 3/13/2026

ISIL(アイシル)またはISIS(アイシス)は、現在はアフガニスタン、イエメンで活動するイスラーム過激派である。イスラム国 と自称しているが、2026年現在、イラクとシリアにおけるほぼ全ての支配地域を喪失し、「国家」としてのISILは事実上壊滅している。現在でもサヘル地域やアフガニスタン、ナイジェリアなどで、ISILを支持する勢力による自爆テロや襲撃事件がたびたび発生している。2026年1月現在、シリア・イラクにおけるISILはまとまった支配地区を失い構成員9千人にまで衰退しているが、アフガニスタンのISKPなど地方支部は積極的な活動を続けている。

2000年頃

アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーがJama'at al-Tawhid wal-Jihad(JTJ)を形成し、後のISILの前身となる基盤を作った。

2003年

イラク戦争後、前身組織はイラク国内でテロ活動を展開し、勢力を拡大していった。

2004年

JTJはアルカーイダと合流し、名称を「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」へ変更した。

2006年1月

イラク人民兵主流派との対立を契機に、「ムジャーヒディーン諮問評議会(MSC)」へ改称し、他のスンナ派武装組織と合流した。

2006年10月15日

MSCは解散・統合を経て「イラクのイスラム国(ISI)」へ改称し、ISILの直接の前身が成立した。

2006年ごろ

後の指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーアメリカ軍に一時拘束され、収容所内で幹部候補と関係を築いた可能性が指摘された。

2009年10月25日

ISIがバグダードで自爆テロを実行し、多数の死傷者が出た。

2009年12月8日

ISIが再びバグダードで自爆テロを行い、同年10月と合わせて大規模な犠牲を出したとされる。

2010年4月18日

ヌーリー・マーリキー首相が、ISIの首長アブー・ウマル・アル=バグダーディーと戦争相アブー・アイユーブ・アル=マスリーが米・イラク合同作戦で死亡したと発表した。

2010年5月16日

アブー・バクル・アル=バグダーディーがISI首長(アミール)に就任し、後の「カリフ宣言」へつながる指導体制が固まっていった。

2012年3月20日頃

記事中の要約では、アルカーイダ合流後に「イスラーム過激派化」した時期が2012年3月20日頃からとされ、組織の性格がより先鋭化したとされる。

2012年3月20日

バグダードを含む数十都市で連続爆弾テロを実行し、死傷者が発生した。

2013年4月

バグダーディーが、シリアで活動するヌスラ戦線との合併と改称を宣言し、組織名を「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」または「イラクとシリアのイスラム国(ISIS)」とした。

2013年7月

検問所での通行許可を巡る口論をきっかけに、自由シリア軍司令官を殺害したとされ、反体制派との対立が深まった。

2013年7月21日

アブグレイブ刑務所などを襲撃して多数が脱獄し、戦闘員・幹部が補充された可能性が指摘された。

2013年8月

アレッポ近郊のシリア空軍基地を制圧した。

アレッポの町

アレッポの町

2013年9月

トルコ国境沿いのアッザーズを戦闘の末に奪取・制圧し、現地で活動していたドイツ人医師を拘束したとされる。

2014年1月

記事中の地図では、シリア内戦下でのISIL支配地域の推移が示され、2014年初頭の支配状況が可視化されている。

2014年1月(シリア内戦の状況図)

2014年1月(シリア内戦の状況図)

2014年2月

アルカーイダ側がISILとは無関係であるとの声明を出し、両者の決裂が明確化した。

2014年2月

支配地のラッカキリスト教徒に対する課税(ジズヤ)や屋外での宗教活動禁止を発表した。

2014年6月10日

イラク北部の要衝モースルを陥落させ、政府施設や基地などを制圧して大規模侵攻を決定づけた。

2014年6月11日

モースルのトルコ領事館が制圧され、外交官や軍人らが拉致される事件が発生した(のちに解放)。

2014年6月29日

カリフ制国家の樹立を宣言し、組織名を「イスラム国(IS)」へ変更すると発表した。併せてアブー・バクル・アル=バグダーディーを「カリフ」と位置づけた。

2014年7月

モースルのナビ・ユヌス聖廟を爆破するなど文化財破壊が報告され、ユネスコは「文化浄化」として批判した。

2014年8月

イラクでヤジディ教徒の街を襲撃し、多数の住民が連れ去られ、女性が「性奴隷」にされたとの報道がなされた。

2014年8月8日

アメリカ軍がISに対する限定的な空爆と人道支援物資の供給を開始し、国際軍事介入が本格化した。

2014年8月16日

ドイツ・ハノーファーでISILへの抗議デモが行われ、欧州でも脅威への社会的反応が広がった。

2014年8月16日にドイツ、ハノーファーで行われたISILへの抗議デモ

2014年8月16日にドイツ、ハノーファーで行われたISILへの抗議デモ

2014年8月19日

拘束していた米国人ジャーナリストジェームズ・フォーリーの処刑動画が投稿され、国際的な衝撃と非難を招いた。

2014年9月1日

国連人権理事会がISの人権侵害を非難する決議を全会一致で採択し、戦争犯罪等に当たるとした。

2014年9月21日

アル=アズハル大学の学者団体が、過激派組織を「イスラム国」と呼ぶことはイスラムへの侮辱だとして強く批判した。

2014年9月23日

アメリカ主導の有志国がシリアでも空爆を開始し、対IS作戦が越境的に拡大した。

2014年10月6日

日本で北海道大学の学生がISILに加わろうとした疑いで事情聴取を受け、リクルートの広がりが国内問題化した。

2014年11月13日

独自の金貨・銀貨などを発行すると発表し、統治と「国家」性を演出する動きが報じられた。

2015年1月

記事中の地図では、シリア内戦における2015年初頭の支配状況が示され、支配域の変化が追跡されている。

2015年1月(シリア内戦の状況図)

2015年1月(シリア内戦の状況図)

2015年1月20日

後藤健二湯川遥菜に関する身代金要求動画が公開され、日本国内で表記や報道のあり方も含め議論が拡大した。

2015年2月1日

後藤健二を殺害したとする動画が公表された。以後、日本国内のモスクへの嫌がらせ増加などの影響も報じられた。

2015年2月13日

NHKが「イスラム国」という呼称の使用を取りやめ、「過激派組織IS=イスラミック・ステート」等へ表記を変更した。

2015年5月まで

記事では、激しい空爆にもかかわらず勢力拡大を続け、2015年5月までにシリア領の過半を制圧したとされる。

2015年5月20日

パルミラを制圧し、処刑などで支配を誇示したとされる。後に文化財破壊でも国際的非難が強まった。

2015年6月

最大版図が示され、統治域が広域に及んだ時期として言及される。

ISILの最大版図(2015年6月)

ISILの最大版図(2015年6月)

2015年11月

パリ同時多発テロ事件が発生し、ISが犯行声明を出した。フランスは非常事態宣言と国境封鎖を行った。

2016年8月10日

リビアの拠点都市スルトが現地勢力により奪還されたとされる一方、リビア内戦下で一定の勢力保持が続くと記述されている。

2017年10月

「首都」とされたラッカシリア民主軍により完全制圧され、退潮が明確になった。

2017年11月17日

イラク軍が最後の町ラーワを制圧したとされ、イラク国内からISILがほぼ一掃された。

2019年3月22日

ホワイトハウス報道官やシリア民主軍が、シリアにおけるISILの支配領域を完全に奪還したと発表した。

2019年10月26日

アメリカ軍の特殊作戦(カイラ・ミューラー作戦)で、最高指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーが死亡したとされる。

2021年8月26日

アフガニスタンでISKPカーブル国際空港自爆テロ事件を実行し、多数の死者が出た。

2022年2月3日

米軍が2代目指導者アブイブラヒム・ハシミの自宅を襲撃し、本人は自爆死したと発表された。

2022年3月10日

ISILがハシミ死亡を認め、後任の最高指導者(3代目)にアブハッサン・ハシミが就任したと発表した。

2023年4月30日

トルコエルドアン大統領が、作戦で最高指導者アブ・フセイン・フセイニとみられる人物を殺害したと明らかにした。

2023年8月3日

4代目指導者の後継として、5代目にアブ・ハフス・アル=ハシーミー・アル=クラーイシーが就任したとされる。

2024年3月22日

モスクワ郊外コンサート会場銃乱射事件が発生し、ISが犯行声明を出したとされる(声明は約8年ぶりと記述)。

2024年9月2日まで

アメリカ軍がイラク西部のISIL拠点4箇所を攻撃し、戦闘員15人を殺害したと報じられた。

2026年1月(記事時点)

シリア・イラクでまとまった支配地区を失い構成員は約9000人規模まで衰退した一方、ISKPなど地方支部は活動を継続しているとされる。

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