アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーがJama'at al-Tawhid wal-Jihad(JTJ)を形成し、後のISILの前身となる基盤を作った。
JTJはアルカーイダと合流し、名称を「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」へ変更した。
イラク人民兵主流派との対立を契機に、「ムジャーヒディーン諮問評議会(MSC)」へ改称し、他のスンナ派武装組織と合流した。
MSCは解散・統合を経て「イラクのイスラム国(ISI)」へ改称し、ISILの直接の前身が成立した。
後の指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーがアメリカ軍に一時拘束され、収容所内で幹部候補と関係を築いた可能性が指摘された。
ISIが再びバグダードで自爆テロを行い、同年10月と合わせて大規模な犠牲を出したとされる。
ヌーリー・マーリキー首相が、ISIの首長アブー・ウマル・アル=バグダーディーと戦争相アブー・アイユーブ・アル=マスリーが米・イラク合同作戦で死亡したと発表した。
アブー・バクル・アル=バグダーディーがISI首長(アミール)に就任し、後の「カリフ宣言」へつながる指導体制が固まっていった。
記事中の要約では、アルカーイダ合流後に「イスラーム過激派化」した時期が2012年3月20日頃からとされ、組織の性格がより先鋭化したとされる。
バグダードを含む数十都市で連続爆弾テロを実行し、死傷者が発生した。
トルコ国境沿いのアッザーズを戦闘の末に奪取・制圧し、現地で活動していたドイツ人医師を拘束したとされる。
モースルのトルコ領事館が制圧され、外交官や軍人らが拉致される事件が発生した(のちに解放)。
カリフ制国家の樹立を宣言し、組織名を「イスラム国(IS)」へ変更すると発表した。併せてアブー・バクル・アル=バグダーディーを「カリフ」と位置づけた。
拘束していた米国人ジャーナリストジェームズ・フォーリーの処刑動画が投稿され、国際的な衝撃と非難を招いた。
アメリカ主導の有志国がシリアでも空爆を開始し、対IS作戦が越境的に拡大した。
日本で北海道大学の学生がISILに加わろうとした疑いで事情聴取を受け、リクルートの広がりが国内問題化した。
独自の金貨・銀貨などを発行すると発表し、統治と「国家」性を演出する動きが報じられた。
後藤健二を殺害したとする動画が公表された。以後、日本国内のモスクへの嫌がらせ増加などの影響も報じられた。
NHKが「イスラム国」という呼称の使用を取りやめ、「過激派組織IS=イスラミック・ステート」等へ表記を変更した。
記事では、激しい空爆にもかかわらず勢力拡大を続け、2015年5月までにシリア領の過半を制圧したとされる。
パリ同時多発テロ事件が発生し、ISが犯行声明を出した。フランスは非常事態宣言と国境封鎖を行った。
リビアの拠点都市スルトが現地勢力により奪還されたとされる一方、リビア内戦下で一定の勢力保持が続くと記述されている。
ホワイトハウス報道官やシリア民主軍が、シリアにおけるISILの支配領域を完全に奪還したと発表した。
アメリカ軍の特殊作戦(カイラ・ミューラー作戦)で、最高指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーが死亡したとされる。
アフガニスタンでISKPがカーブル国際空港自爆テロ事件を実行し、多数の死者が出た。
米軍が2代目指導者アブイブラヒム・ハシミの自宅を襲撃し、本人は自爆死したと発表された。
ISILがハシミ死亡を認め、後任の最高指導者(3代目)にアブハッサン・ハシミが就任したと発表した。
トルコのエルドアン大統領が、作戦で最高指導者アブ・フセイン・フセイニとみられる人物を殺害したと明らかにした。
4代目指導者の後継として、5代目にアブ・ハフス・アル=ハシーミー・アル=クラーイシーが就任したとされる。
モスクワ郊外コンサート会場銃乱射事件が発生し、ISが犯行声明を出したとされる(声明は約8年ぶりと記述)。
アメリカ軍がイラク西部のISIL拠点4箇所を攻撃し、戦闘員15人を殺害したと報じられた。