弁護士の安田好弘は、宮崎学・魚住昭らとの鼎談[6]において「『人権派弁護士』というのは、弁護士にとって有益な看板となっていました。『ブル弁』と呼ばれる人たちと対比され、民主的、知性的、学究的、清廉で優秀などというプラスの雰囲気を醸(かも)し出していましたし、世間も一目置いていました。実は、『ブル弁』のほうが、『人権派弁護士』より異端だったんですね。」と述べた上で、「しかし、『人権』の問題がシビアになってきて、少数派に追い込まれ、しかも社会の共感を得られなくなってくると、『人権派弁護士』という存在が、一気に瓦解していくんですよね。」としている。