圏論
数学的構造とその間の関係を抽象的に扱う数学理論の 1 つ
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圏論(けんろん、英: category theory)は、数学的構造とその間の関係を抽象的に扱う数学理論である。サミュエル・アイレンベルグとソーンダース・マックレーンとによって代数的位相幾何学の基本的仕事の中で20世紀中ごろに導入された。圏論において考察の対象となる圏は対象とその間の射からなる構造であり、集合とその間の写像、あるいは要素とその間の関係(順序など)が例として挙げられる。

数学の多くの分野、また計算機科学や数理物理学のいくつかの分野で導入される一連の対象は、しばしば適当な圏の対象たちだと考えることができる。圏論的な定式化によって同種のほかの対象たちとの、内部の構造に言及しないような形式的な関係性や、別の種類の数学的な対象への関連づけなどが統一的に記述される。
概要
圏の研究は、関連する様々なクラスの数学的構造に共通する性質を見出そうとする試みだといえる。
集合論的な数学理論の構成では集合やその元に対して写像や関係を導入し、それらが満たすべき公理を列挙する。その公理を満たすような「構造」を持った個々の集合が理論の具体的な実現を示していて、それら一つ一つの実現に共通の性質が公理から演繹的に証明される。たとえば、群に関する定理は公理系から演繹的に証明される。例えば群の単位元が一意に定まることは公理系から直ちに証明される。こうして各種の数学理論が建設されるが、これら異なった理論に共通する様々な構成ができることも認識された。
圏論の言葉を使えば、数学の多くの分野の研究からしかるべき圏を作り出し、異なった理論の間に平行して存在する手続きを統一的に理解することができる。例えば集合、群、位相空間の圏などである。これらの圏は、例えば空集合や2つの位相空間の直積など、何かしら特別な性質を持った「空間」が存在する。しかし、圏の定義においては対象は根源的なものとみなされ、それぞれの対象が具体的にどんな集合として実現されるのかは指定されていない。そこで、これらの特別な空間についての概念を、その「要素」を参照せずに定めることはできるだろうか、という問いが生まれる。
圏論的な解析においては、何かしら与えられた構造を持つ個々の対象(例えば群)とその「内部構造」だけを考えるよりも、対象間の射 — 構造を保つ対応関係 — に力点が置かれる。群の圏の例で言えば、射は群の準同型写像にあたる。それぞれの圏における特別な対象は、他の対象とのあいだの射がどうなっているか、によって特徴づけることができる。たとえば集合の圏における空集合 ∅ は任意の集合 S について ∅ から S への射(つまり写像)がただ1つだけ存在するようなもの、として特徴づけられる。このような特徴づけは、極限やその双対概念である余極限を用いた普遍性という考え方にまとめられる。実際、数多くの重要な構成がこのようにして純粋に圏論的な方法で記述できることがわかっている。
用語
基本の構成
図式
関手
自然変換
普遍性
極限
随伴
特殊な圏
高次概念
歴史
圏論の歴史はE. Landryの論文“Categories in Context: Historical, Foundational, and Philosophical Significance of Category Theory”に詳しい。
前史
圏論の創始者はアイレンベルグとマックレーンであるが、それ以前にもその断片はみられる。
シルベスターは19世紀後半に普遍代数(universal algebra)という語を用い、さまざまな代数構造をまとめて扱う観点の萌芽が見られる。たとえば、"multiple quantity"という観念を用いて、多様な代数体系の共通性を探る企図があったという記録がある。また、ホワイトヘッドは "A Treatise on Universal Algebra"(1898年)において、代数構造をある種一般的に扱おうとする構想を示している。これが後の普遍代数学の方向性と重複する観点を持つ。他、パースやシュレーダーも普遍代数のアイデアに貢献した[2]。その後、1935年、バーコフが論文"On the Structure of Abstract Algebras"で普遍代数を体系化し、同型定理、商(商構造)、自由代数などを、様々な代数構造に共通な言語で扱うようになる。
また、ネーターは特に加群の理論の形式化を行い、その抽象性と方法論において従来と異なる新しい「数学のやり方」を提示し、それが後の圏論を含む数学の構造主義的・写像重視的視点を準備した[3]。マックレーンはナチスの台頭以前にゲッティンゲン大学でネーターに学び、その影響を受けた。
圏論が一気に力を持つきっかけの一つは、ホモロジー代数の整理・統一的枠組みの構築である。圏・関手・自然変換といったアイデアは代数的位相幾何学、特にホモロジー代数の研究から生まれた[4]。20世紀初頭から代数学・代数幾何学において、ホモロジー・コホモロジーの概念が構成されてきた。これを背景に、カルタンとアイレンベルグは"Homological Algebra"(1956年)において、ホモロジーの統一的視点を準備した。"Homological Algebra"では圏・関手・自然変換といった語を使用した。ただし、Jean-Pierre Marquisの指摘によると、この時点ではあくまでも明示的定義を与えない曖昧な用法に過ぎなかった[5]。
アイレンベルグ–マックレーン
アイレンベルグとマックレーンは圏・関手・自然変換に厳密な定義が必要だと考え、1942年の論文[6]において圏や関手、自然変換といったアイデアを(その名称ではなかったが)導入し、その後1945年の「General Theory of Natural Equivalences[7]」において圏(あるいは関手、自然変換)をその名前で定義した[8]。スタニスワフ・ウラムらの主張するところによれば、同様のアイデアは 1930 年代後半にポーランドの大学に起こっていたという[要出典]。アイレンベルグとマックレーンは、「構造」と「その構造を保つ対応関係」の間に成り立つ関係を公理的に形式化する手法を与えた。アイレンベルグとマックレーンは、そのゴールが異なる数学的体系の間の自然変換を理解することにあると述べていた。そしてそのためには関手を定義することが必要だった。そして関手を定義するために圏が必要だったのである[8]。
ブルバキの動向とグロタンディーク
1930年代後半から始まるブルバキの一連の『数学原論』は現代数学に大きな影響を与えた。ブルバキのそれは集合論に基づいた数学の再構成の試みであり、構造、構造種、普遍性の概念を指導原理とする点では圏論と共通する部分もあるが、あくまでも集合論を前面に出していた。
しかし、ブルバキもやがて圏論的な見地を取り入れるようになった。20世紀の半ば以降グロタンディークらによって代数幾何学の圏論的な定式化が追求された。1957年、グロタンディークはいわゆる「東北論文」を発表し、アーベル圏の枠組みを導入した。この枠組みにより、「加群の圏」や「可換群の圏」など、従来扱われていたホモロジー理論の対象を一般圏論的に取り扱えるようになった。この論文で示された構成は、後の圏論的ホモロジー代数の基盤となった。
その後
その後、1950年代から 1960年代にかけてこの理論は、ホモロジー代数における様々な計算の抽象的な定式化を取り込むことによって、続いて、集合論に基づく定式化では不十分だった代数幾何学の公理化を与える言葉として進展した。さらに一般的な圏論、つまり、意味論的な柔軟性をもち高階論理との親和性があるようなより現代的な普遍代数学が発展し、現在では数学全体を通して応用されている。
トポスと呼ばれる特別な種類の圏は、数学基礎論としての公理的集合論に取って代わることすら可能である。圏論をこのように数学の全体的な基礎付けとして用いる考え方には疑義も呈されているが、実際構成的数学を記述する手段としても、トポスは非常に精緻に機能することが示されている。一方、公理的集合論はまだ圏論によって置き換えられたと見なさない人々もおり、例えば、バーコフ - マックレーンの A Survey of Modern Algebra とマックレーン - バーコフの Algebra(この 2 冊の抽象代数学の教科書は署名の仕方で区別されている)の比較でしばしば指摘されるように、圏論を初期の学部生に教授することは強い反対にあっている。
他の分野への影響
圏論的論理学は、直観主義的論理のために型理論に基づいて定義された。この分野はさらに関数型プログラミングの理論および領域理論に応用されている。これらは全て、ラムダ計算の非構文的な記述として適用されたデカルト閉圏を背景としている。圏論的言語を用いることで、関連する分野が厳密に、(抽象的な意味で)何を共有しているのかを明らかにすることができる。
代数的位相幾何学では空間の連続写像そのものよりも、そのホモトピー類を考えたほうがよいことがある。これは対応する圏を「変形」してホモトピー類を射として採用することにより圏論的に定式化できる。そこで、複体の射や位相線形環の準同型についてもこのような圏の変形を見いだし理解することが 20世紀後半におけるほかの種類の「幾何学」の大きな問題意識となった。
正標数体上の数論幾何や、非可換環が「図形」を表していると考える非可換幾何などの非標準的な「幾何学」は、幾何学的な関手の構成可能性をもってそう名乗っている、という側面もある。
21世紀現在において、米国のNew York General Group社やSymbolica AI社は、圏論に基づく人工知能の研究開発を行っている[9][10]。