悲劇
演劇の形式の一つ
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概要
悲劇には単なるハッピーエンドに終わらない劇という以外、悲劇の厳密な定義はない。また同じ戯曲・演劇でも、時代・社会状況や、読む者・演じる者・観る者の主観によって、それが悲劇となるかそうではなくなるかが大きく異なってくる。19世紀ロシアの劇作家チェーホフは、自身の戯曲『桜の園』を喜劇であると言った。同戯曲は、凡庸な貴族が土地を失っていく様が筋の中心となっている。それを演出した同時代の演出家スタニスラフスキーは、近代化の波に飲まれていく旧来の人間の姿を同戯曲中に見いだし、悲劇として扱った。そして近代演劇史上に残る成果を残した。
現在のヨーロッパ諸言語で悲劇を指す語は、古代ギリシア語において悲劇を指す語「トラゴイディア」(tragoidia)から発展したものである。トラゴイディアの原義は「ヤギの歌」であるが、なぜこの劇形式がそのように呼ばれるかについては諸説ある。その説の一つとしては、劇の背景や状況などを歌い上げる合唱隊コロスが、牧羊神の衣装を着ていたからというものがある。この説は有力なものとされているが、研究者間で意見の一致をみているわけではない。
古代ギリシアにおいて、悲劇は三部作からなり、神ディオニュソスへの捧げものとされた。毎春の大ディオニュシア祭においては悲劇の競演が行われ、演劇の洗練と発展を促した。
キリスト教が興るとともに悲劇はすたれたが、のちルネサンス期の古典回帰以降、ふたたび注目され、フランス新古典主義では、アリストテレスの『詩学』を典拠とする新古典主義的演劇が数多く上演された。
『悲劇の誕生』の記事を参照のこと。