浪子

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トーキー初期における3大トーキーシステムのひとつをもつアメリカ合衆国ウェスタン・エレクトリックは、日本に東洋ウェスターンを設立、同社は菊池東陽オリエンタル写真工業の工場内にトーキー撮影の設備を設けさせ、オリエンタル映画社を設立した[1]。同社の第1作として製作されたのが、徳富蘆花のヒット小説『不如帰』の変奏としての本作『浪子』であった[1]

東洋ウェスターンによるパラマウント映画日本支社との配給提携により、1932年(昭和7年)5月19日、東京・内幸町帝国劇場等で公開された[1][2]。オリエンタル映画社は、録音技師として派遣されたマッキナニーの人件費がかさみ、スタジオを新設したにもかかわらず本作1作のみで解消した[1]

本作の上映用ポジプリントは、マツダ映画社が54分のヴァージョンを所有している[3]。現在も鑑賞可能な作品である。

スタッフ・作品データ

日本映画発達史 II 無声からトーキーへ』(田中純一郎[1]日本映画データベース[2]参照。

キャスト

『日本映画発達史 II 無声からトーキーへ』参照[1]

関連事項

外部リンク

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