玉串
神道において神前に捧げる榊の枝
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由来
日本神話では、天照大神が岩戸隠れした際、玉や鏡などをつけた五百津真賢木(いほつのまさかき)をフトダマが捧げ持ったとの記述が、玉串の由来とされる。実際には、神霊の依代が玉串の由来とされる。
「たまぐし」の語源については諸説ある。平田篤胤らは神話の記述のように玉をつけたから「玉串」だとし、本居宣長は「手向串」の意とする。「たま」は「魂」の意とする説もある。
百人一首では「このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦、神の随に」(管公・菅原道真)と、紙垂や木綿を付けない紅葉を玉串とした様子が詠われている(ただし、この和歌における「幣」は、旅の安全を祈願するために道祖神などに捧げる切麻や御幣を指すとされることもある。玉串は神前に捧げる幣帛の一種ではあるが、前述の切麻や御幣とは一般的に区別される)。
玉串の捧げ方
玉串料
その他
- 「玉串」という地名が、大阪にある。天平勝宝6年(西暦754年)、河内の風水害をおさめるため、旧大和川上流より櫛笥が流された。そして、櫛笥の流れ着いた場所に玉串明宮(現在の津原神社)が建てられ、その周辺一帯を玉串と呼ぶようになったとされる。現在は東大阪市内の町名で、近鉄バス山本線の停留所など一部ではたまぐし読みとなっているが、地元小学校付近ではたまくし読みが定着しており、町名としては後者が正しい(河川 - 玉串川)。
- 「玉串」という神札(みしるし)を出雲大社が授与している。大榊に木綿垂をつけた玉串は霊体として信仰し、守護を頂ける存在でもあった。この玉串はやがて実物から紙に書かれ、御神号「大国主大神」が書き添えられ、これを包んで「御玉串」と称する「霊符」として授与されるようになった。近世になると、「板玉串」や「箱玉串」といった御神札に変化した。なお出雲大社では玉串は「魂」と「串」であり、神と人の魂を串で一つにするという意味もあるとしている[1]。
- 天皇・皇族が用いる玉串は、次のような定めがある。榊の長さは二尺五寸で、曲がった枝は使用しない。葉先から五寸下に細長い紅色の絹布を結ぶ。その一寸下に白色の絹布を結ぶ。結び方は各一結びで、布は左右均一に垂らす。布長は二尺七寸で幅は四寸。榊の本を中奉書八ツ切で包み巻きし、その上下二ケ所を紙捻で結び切する。この玉串を玉串立に据える[2]。

