郁華
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経歴
1884年、清国浙江省富陽県生まれ。1904年に日本に官費留学し、早稲田大学清国留学生部師範科、法政大学専門部法律科を卒業。1910年に帰国し、挙人となり七品小京官に任じられた。清国滅亡後、1912年に法官資格を取得し京師高等審判庁推事、北京政府大理院推事に就任する。
1913年に日本の司法制度を視察するため日本に派遣される。この視察に弟の郁達夫も同行し日本に留学している。1914年に帰国し大理院推事、朝陽大学・東呉大学・司法儲才館で刑法教授などを務め、1928年に司法行政事司第三科科長、1929年に沈陽大理院東北分院刑庭庭長兼代理院長、1932年に上海江蘇高等法院第二分院刑事庭庭長に就任し、東呉大学・上海法政大学教授を兼務した。
1939年11月23日、ジェスフィールド76号により登院途上で暗殺された。
没後の顕彰
参考
- 『美貌のスパイ 鄭蘋如』柳沢隆行(光人社、2010)