1820年の王妃キャロラインの裁判
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 英語: The Trial of Queen Caroline 1820 | |
| 作者 | ジョージ・ヘイター |
|---|---|
| 製作年 | 1823年 |
| 種類 | 油彩、キャンバス |
| 寸法 | 233 cm × 356.2 cm (92 in × 140.2 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ポートレート・ギャラリー、ロンドン |
『1820年の王妃キャロラインの裁判』(1820ねんのおうひキャロラインのさいばん、The Trial of Queen Caroline 1820)は、イギリスの画家、ジョージ・ヘイター(1792-1871)が、1823年に描いた油絵である[1]。1820年に貴族院で行われた出来事(イギリス国王ジョージ4世が王妃キャロラインと離婚するべく、キャロライン妃に不貞があったかを裁判する様子)が描かれている。現在はナショナル・ポートレート・ギャラリーに収蔵されている。
この作品は、キャロライン妃の支持者だった初代ドーバー男爵ジョージ・エイガー=エリス(1797–1833)からの注文で描かれた[1]。
絵画の中心人物のキャロライン妃は、イギリス国王ジョージ3世の斡旋により、その子息のジョージ王太子(のちジョージ4世)と結婚した。しかし二人の仲は当初から冷え切っており、結婚の翌年の1796年には早くも別居状態となる[2]。
1820年に国王となったジョージ4世は即位早々にキャロライン妃との離婚を望み、首相(第2代リヴァプール伯爵ロバート・ジェンキンソン)に命じて王妃離婚法案を提出させた[2]。その法案の審議に際して、議会ではキャロライン妃の不貞事実の有無が審査された。
作品の中でキャロライン妃は、作品の中央に横を向いて座っている姿で描かれている。 絵画には多くの著名な人物が描かれている。ホイッグ党の政治家である第3代ホランド男爵ヘンリー・フォックスと第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイが描かれ、グレイ伯爵は立って証人に反対尋問を行っている。
傍聴人の中には、リヴァプール首相、閣僚の初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー(補給庁長官)、カースルレー子爵ロバート・ステュアート(外務大臣)が描かれている。首相クラスの政治家も複数描かれており、初代グレンヴィル男爵ウィリアム・グレンヴィル(前首相)、初代シドマス子爵ヘンリー・アディントン(元首相)、ジョン・ラッセル卿、ウィリアム・ラムの姿もある。 また、王弟のヨーク公やクラレンス公(のち国王ウィリアム4世)ら王族も描かれている。
注文主のドーバー男爵は、絵の右側に目立つように描かれている。右下隅には画家の自画像も描かれている[3]。
なお、この出来事で世論はキャロライン妃を強く支持したため、王妃離婚法案は貴族院を通過したものの、庶民院で否決されて離婚は成立しなかった[2]。キャロライン妃の王妃としての地位は守られたが、その後もジョージ4世は戴冠式へのキャロライン妃の出席を禁じる暴挙に出て、国民から強く非難された。その直後キャロライン妃は腹膜炎で急死したため、ジョージ4世の人気は地に堕ちた[2]。
この絵は、ロンドンのペル・メルのショーンバーグ・ハウス(Schomberg House)で展示された。1912年に国の芸術作品の取得を支援するための団体、アート・ファンド(Art Fund)からの寄付によりナショナル・ポートレート・ギャラリーの収蔵品となった[3]。