1943年1月20日の海戦
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トリポリ(1943年1月23日に連合国軍側に占領されることになる)から脱出を図るイタリア艦船の脱出路遮断を目的とする部隊の一部として、イギリス駆逐艦ケルヴィンとジャヴェリンはリビアのズワーラ沖を哨戒していた。
1月15日、ケルヴィンと駆逐艦ヌビアンは、トリポリからランペドゥーザ島へ向かっていた商船D'Annunzio(4,537トン)と護衛のイタリア水雷艇ペルセオを攻撃し、D'Annunzioを沈めペルセオを損傷させた[1]
1943年1月19日から20日の夜、ジャヴェリンの271型レーダーがトリポリからチュニジア方面へ向かう多数の船を捉えた。それはトリポリ掃海艇隊であり、チュニジアへ逃れたあとイタリアへ向かうよう命じられていた。その指揮官はGiuseppe Di Bartolo大尉で、4隻の小型掃海曳船(RD31、RD36、RD37、RD39、そのうちのRD36とRD37の乗員は財務警察 (Guardia di Finanza) 所属)およびトローラー Scorfano、小型タンカー Irma、特設掃海艇 DM 12 Guglielmo Marconi(徴用されたブリガンティン)、R 26 Angelo MuscoとR 224 Cinzia(元漁船)、特設哨戒艇 V 66 Astrea(原動機付帆船)、pump boat S. Barbara(Scorfanoに曳航されていた)からなっていた。