1945年ベトナム飢饉
From Wikipedia, the free encyclopedia
原因
影響
軍需資源への転作を進める一方で、日本側はベトナムを日本本土で必要な米の重要な供給地の一つとみなしていた[4]。1943年までには年間百万トンの米を日本本土に輸出するまでになっていた[4]。これが1944年には50万トン、1945年には4万5千トンに激減している[4]。ただし、この原因は連合国軍による通商破壊戦の影響で海上輸送が困難になったためと考えられる[4]。とはいえ、飢饉に見舞われ、輸送船も相次いで撃沈される中で、なおも日本本土への米の輸出を続けていたことは注目に値する。
ホー・チ・ミン率いるヴェトミンはこの飢饉の原因は強制調達にあると民衆に訴えかけた。ヴェトミンがイニシアティブを握るきっかけとなった[1]。
1945年8月15日の終戦時直後に日本軍が仏印処理により樹立させたベトナム帝国はヴェトミンにより打倒された。
