1963年BAC 1-11テスト機墜落事故
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北緯51度07分23秒 西経2度08分20秒 / 北緯51.123度 西経2.139度座標: 北緯51度07分23秒 西経2度08分20秒 / 北緯51.123度 西経2.139度
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同型機のBAC
1-11 | |
| 出来事の概要 | |
|---|---|
| 日付 | 1963年10月22日 |
| 概要 | ディープストール |
| 現場 |
北緯51度07分23秒 西経2度08分20秒 / 北緯51.123度 西経2.139度座標: 北緯51度07分23秒 西経2度08分20秒 / 北緯51.123度 西経2.139度 |
| 乗員数 | 7 |
| 負傷者数 | 0 |
| 死者数 | 7(全員) |
| 生存者数 | 0 |
| 機種 | BAC 1-11 200AB |
| 運用者 |
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| 機体記号 | G-ASHG |
1963年BAC 1-11テスト機墜落事故 (1963ねんBAC 1-11テストきついらくじこ)は、1963年10月22日に発生した事故。ブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーションの保有する、プロトタイプのBAC 1-11 200AB(G-ASHG)がテスト飛行中に失速しイギリスのウィルトシャー近郊に墜落し、乗員7人全員が死亡した。
事故機
事故機のBAC 1-11 200AB(G-ASHG)は、1963年に初飛行を行っていた。わずか81時間の飛行と、78サイクルでの墜落だった[1]。
乗員
機長は43歳で、ヴィッカース・エアクラフトのチーフパイロットだった。また、BAC 1-11のシニア・プロジェクト・パイロットだった。総飛行時間は5,385時間で、うち78時間が同型機によるものだった[2]:2。
副操縦士は46歳で、ヴィッカース・エアクラフトのテストパイロットだった。総飛行時間は9,648時間であった[2]:2。
事故の経緯
この日、事故機は重心が様々な位置にあった場合を想定した失速、及び失速からの回復試験を行っていた。試験では、回復中の飛行性能などを記録していた。重心を許容範囲の最後部近くにし、フラップとギアを上げた状態で4回の試験を行った。5回目の失速試験では、高度16,000フィート (4,900 m)で、フラップを8度まで展開した状態で行った。機体は、5度から10度ほど機首を上げた状態で失速した。パイロットは、失速から回復させるために操縦桿を前に押したが、機首は上がり続け50度近くに達した。最終的には対気速度はほぼ無くなり、機体は急速に降下をし始めた。パイロットは、方向舵と補助翼を使い、左右に傾斜させることや、エンジン出力を最大にすることで回復を試みたもののうまくいかず、失速から140秒後に機体は、ウィルトシャーチクレード付近にあるCratt Hillに墜落し、乗員7人全員が死亡した[1][3]。
事故原因

事故原因は、ディープストールに陥ったことであった。ディープストールは、T字翼機特有の現象であり、失速時に昇降舵に当たる空気が主翼に阻害され、操縦不能に陥る現象である。この事故は、ディープストールにより墜落した初めての航空事故であった[4]。
また、この試験方法はブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーションが前年に開発したビッカース VC-10で行ったものであり、どちらもエンジンを胴体後部に設置した、リア・エンジン方式でT字翼機だったが、VC-10は大型かつ4発機であるという違いがあった[3]。