40フィート望遠鏡

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座標 北緯51度30分30秒 西経0度35分43秒 / 北緯51.5082度 西経0.5954度 / 51.5082; -0.5954座標: 北緯51度30分30秒 西経0度35分43秒 / 北緯51.5082度 西経0.5954度 / 51.5082; -0.5954
観測波長 可視光
40フィート望遠鏡
ハーシェルの40フィート望遠鏡
ハーシェルの40フィート望遠鏡
運用組織 ウィリアム・ハーシェル
設置場所 スラウ, イングランド
座標 北緯51度30分30秒 西経0度35分43秒 / 北緯51.5082度 西経0.5954度 / 51.5082; -0.5954座標: 北緯51度30分30秒 西経0度35分43秒 / 北緯51.5082度 西経0.5954度 / 51.5082; -0.5954
観測波長 可視光
建設 1785–89年
観測開始年 1787年2月19日
観測終了年 1840年 ウィキデータを編集
形式 ハーシェル式反射望遠鏡
口径 120-センチメートル (47 in)
焦点距離 12-メートル (1,200 cm)
架台 経緯台
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40フィート望遠鏡(40フィートぼうえんきょう)は、ウィリアム・ハーシェルによってイングランドスラウに1785年 から1789年にかけて建造された反射望遠鏡である。主鏡の直径は120-センチメートル (47 in)で、40フィートの名は12-メートル (39 ft)焦点距離に由来する。50年間にわたり世界最大の望遠鏡であり続けた。1840年解体され、主鏡と鏡筒の一部(長さ約3メートル)のみが現存する。

望遠鏡はキャロライン・ハーシェルの助力のもとで、ウィリアム・ハーシェル卿によって1785年から1789年にかけてウィンザー近郊のClay Hallで構成要素は製造され、スラウの地に建造された。40 ft (12 m)の鏡筒は鉄製だった[1]。望遠鏡は完全に回転する経緯台に備えられた。建造にあたり、時の国王であるジョージ3世から£4,000を賜った[1]。建造中、望遠鏡の鏡筒は地上に寝かせられ、国王も同様にカンタベリー大主教のように望遠鏡を訪問した。鏡筒の開口部から覗き込んだ国王は "Come, my Lord Bishop, I will show you the way to Heaven!" という言葉を残した[2]

直径48-インチ (120 cm)凹面鏡2枚が望遠鏡のために製造され、それぞれの口径比はf/10だった[2]。1785年10月に最初の1枚がロンドンの工場で鋳造され[3]の合金であるスペキュラム合金が材料で、仕上げを改善するためにヒ素が添加された[4][5]。鋳造後の重量は1023 lbで、中央部は縁(約2 インチの厚み)よりも0.9 インチ薄かった。主鏡は1年以上かけて研磨された。だがこの主鏡は薄すぎるために望遠鏡内で歪みやすいという問題が見つかった[3]。数年後、厚みを2倍にした第2の主鏡が鋳造され、以降はこちらが第1の主鏡よりも頻繁に使用された。第2の主鏡は曇るので頻繁に磨く必要があり、研磨中には第1の主鏡が使用された。主鏡は1845年まで世界最大だった[4][5]

ハーシェル式望遠鏡の光路図

ハーシェルは標準的なニュートン式望遠鏡で備えられていた副鏡を廃して、代わりに主鏡を傾けて結像する事により、望遠鏡の正面から覗き込むようにして観測した。これによりスペキュラム合金鏡による光の損失を幾分抑える事が出来た。この設計はハーシェル式望遠鏡と称される[6]

利用

1839年にウィリアム・ハーシェルの息子のジョン・ハーシェルによって撮影された40フィート望遠鏡の骨組みの写真

望遠鏡の一つの到達点は土星の第6、第7衛星であるエンケラドゥスミマスを発見した事とされるが、発見にこの望遠鏡が使われたという確証は無く、ハーシェルは同時期の別の望遠鏡使用したかもしれない[1]。ハーシェルはシリウスを望遠鏡で見て以下のように記した。[2]

... the appearance of Sirius announced itself, ... and came on by degrees, increasing in brightness, till this brilliant star at last entered the field of view of the telescope, with all the splendour of the rising sun, and forced me to take the eye from that beautiful sight.

望遠鏡は地元の観光名物で[7]国王のウィンザー城を訪問する近辺の裕福な者や名士が訪れ[4]英国陸地測量部英語版の地図に記載された[7]。50年間にわたり世界最大の望遠鏡であり続けた[1]。「40フィート望遠鏡」と称されたのは当時は主鏡の直径よりも鏡筒の全長によって望遠鏡を表したことによる[2]。望遠鏡建造予算の一部はキャロライン・ハーシェルからの毎年£50のウィリアムへの援助によるものだった。その結果、彼女はイングランドで最初に天文学に支出した女性になった[1]

ハーシェルのコートの腕の装飾に望遠鏡があしらわれ、次の言葉が記されていた[8]

Argent on a mount vert a representation of the forty-feet reflecting telescope with its apparatus proper; a chief azure thereon the astronomical symbol of Uranus or Georgium Sidus irradiated Or.

解体と保存

出典

関連項目

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